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やはり原始ブラックホールはダークマターにはなりえない?

sorae.jp 2024年8月16日 21時24分

■ダークマターの正体

20世紀中ごろの天文学者たちは、銀河やその集まりである銀河団は望遠鏡などでは観測できない物質で包まれているのではないかと考え始めました。その未知の物質は「ダークマター(暗黒物質)」と呼ばれ、当初は円盤銀河の回転速度が速すぎるという観測事実に対して辻褄を合わせるために導入された仮説でした。

その後、「ダークマターがあると仮定すれば説明できる」という事例が数多く知られるようになります。いくつか例を挙げると、

・銀河団の中の銀河の移動速度が脱出速度を超えていること
・ビッグバン直後の早すぎる銀河形成
・銀河団の高温ガスの存在
・銀河合体が頻繁に起こっていること
・重力レンズ効果を受けた銀河が多く見つかること
・棒状構造を持たない渦巻銀河が多く存在すること
・矮小銀河の星の運動が速すぎること

などです。ダークマターが本当に存在するという直接的な証拠は今でもありませんが、こうした数多くの状況証拠の積み重ねによって、現代の天文学においてはダークマターの存在は標準的な理論と捉えられています。また、宇宙論に関する研究によって、宇宙全体におけるダークマターの総量は、星やガスなどの原子や分子で構成される物質のおよそ5倍にも及ぶと計算されています。

しかし、ダークマターはどのような物質なのか、その正体は謎のままです。今のところ、ヒッグス粒子という素粒子が最有力候補と言えるでしょう。2012年にその存在が確認され、翌年にはヒッグス粒子の提唱者らにノーベル物理学賞が贈られていますが、まだダークマターの正体なのかどうかはわかりません。

一方、宇宙には「原始ブラックホール」という小さなブラックホールが無数に存在するかもしれないとする説があります。このブラックホールはビッグバン直後の宇宙に広がっていたごく微少な密度揺らぎから発生するとされており、それが大量に存在していた場合にはダークマターの候補になり得ると言われてきました。

理論上は原始ブラックホールの質量に関してはほとんど制限がないので、超新星爆発から生まれる通常のブラックホールよりもずっと小さな質量になる可能性もあります。むしろ太陽と同程度やそれ以下の質量のブラックホールは超新星爆発では作ることができないので、もしもそのくらい小質量のブラックホールが発見された場合は、それは宇宙初期に生まれた原始ブラックホールである可能性が高いと言えます。また、ダークマターは単一の物質ではなく、ヒッグス粒子や原始ブラックホールなど様々な物質の混合物であるという可能性も考えられます。

■重力マイクロレンズ効果を使ってダークマターの正体を探る

「重力マイクロレンズ効果」という現象を利用して、こうした原始ブラックホールのような比較的質量の大きな物体がダークマターとして存在しているのかを調べる方法があります。「重力レンズ効果」とは一般相対性理論に基づく現象であり、星や銀河などの光が望遠鏡に届くまでの直線上に非常に重い物体があった場合、重い物体がレンズのような役目をし、その星や銀河の像が歪んだり分裂して見えたりする現象のことです。

しかし、はっきりと像が歪んだり分裂したりするのはレンズの役目をする物体が極めて重い場合のみで、軽い物体の場合はレンズ効果が弱く、背景の星の光が一時的に強くなる「増光」のみが観測されます。この増光を検出することで、視線上にある見えない物体を探す方法を「重力マイクロレンズ法」と呼びます。

地球から望遠鏡で大マゼラン雲の中にある星を観測した場合、その星の光は大マゼラン雲と銀河系(天の川銀河)の間に存在するはずのダークマターの中を通過して望遠鏡に届きます。もしダークマターの正体が原始ブラックホールだった場合、大マゼラン雲の星の光が原始ブラックホールによって重力マイクロレンズ効果を受ける可能性があります。その増光現象が検出される頻度や継続する期間の長さは、原始ブラックホールの質量や個数によって決まります。なので、長期間にわたり大マゼラン雲の多数の星を観測し続け、増光現象を統計的に調査することで、原始ブラックホールの存在やその質量などを探ることができます。

【▲ 図: ヨーロッパ南天天文台(ESO)のシュミット望遠鏡で撮影された大マゼラン雲。(Credit: ESO)】

ワルシャワ大学のPrzemek Mróz氏らは、科学雑誌Natureに掲載された新たな研究において、2001年から20年間に渡り大マゼラン雲の中心部分にある7870万個もの星の明るさの変化を観測し続けることで重力マイクロレンズ現象を探し、原始ブラックホールがダークマターの正体となり得るかどうかを調査しました。

その結果によると、観測された重力マイクロレンズ現象は20年間で合計13回のみで、それらはどれも1年以下の短い増光期間のものばかりでした。Mróz氏らの理論モデルによる予測だと、例えばダークマターが太陽と同じ質量の原始ブラックホールで構成されていたと仮定した場合、合計554回の重力マイクロレンズ現象が観測されるはずだと試算しています。この予測に比べて、実際の増光現象がわずか13回だったというのは明らかに少ないと言えます。

検出された増光現象は、すべて大マゼラン雲の中にある別の恒星がレンズの役割をしたことで起こったと考えても、確率的に何ら不自然ではない結果であり、ダークマターの正体が原始ブラックホールであることを積極的に示す結果は得られなかったとMróz氏らは結論しています。さらに具体的には、Mróz氏らは観測データから、太陽の質量の約6倍から2万分の1倍までの重さを持つ原始ブラックホールは、ダークマターの中に存在していたとしても全体の1%にも満たない量だろうと計算しています。

では、質量が太陽の2万分の1よりも小さな原始ブラックホールについてはどうでしょうか? 太陽の2万分の1であっても、まだ地球の10倍くらいの質量です。これに関しては、日本のグループがすばる望遠鏡を用いた過去の研究(下記の参考文献参照)において、太陽質量の約100億分の1までの原始ブラックホールを考えても、ダークマター総量の1%以下だろうと結論しています。原始ブラックホールという天体の存在が完全に否定されたわけではありませんが、あったとしてもダークマターを説明するほど豊富には存在していないようです。

 

Source

Mróz et al. (2024) “No massive black holes in the Milky Way halo”, (Nature) (arXiv) Niikura et al. (2019) “Microlensing constraints on primordial black holes with Subaru/HSC Andromeda observations”, (Nature Astronomy) (arXiv)

文/井上茂樹 編集/sorae編集部

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