ある天体を周回する別の天体には、その周辺に「ラグランジュ点」と呼ばれる、第三の天体が長期間安定して留まれる力学的に安定な5つの点が生じます。特にL4とL5と呼ばれる2点はかなり安定であることが知られており、その場所に存在する小惑星を「トロヤ群小惑星」と呼びます。
しかし一方で、近くに他の惑星があれば、その重力の影響でトロヤ群小惑星の不安定さが増し、数が少なくなります。現に、太陽系で2番目に大きな惑星である「土星」には、これまで1個もトロヤ群小惑星が見つかっていませんでした。
マカオ科学技術大学の許文韜氏などの研究チームは、2019年に発見された小惑星「2019 UO14」の軌道を解析しました。その結果、2019 UO14は土星のL4ラグランジュ点に存在するトロヤ群小惑星であることが明らかにされ、土星で初となるトロヤ群小惑星の発見となりました。これで、トロヤ群小惑星が存在しないと予測されている水星以外の全ての惑星で、1個以上のトロヤ群小惑星が見つかったことになります。
土星のラグランジュ点にある「トロヤ群小惑星」はこれまで未発見SF作品が好きな方なら、スペースコロニーの置き場所として「ラグランジュ点」という言葉を聞いたことがあるかもしれません。ラグランジュ点とは、ある天体を周回する別の天体に対し、第三の天体が長期間安定して留まることができる力学的に安定な点を指します。ラグランジュ点は5点存在しますが、L4とL5と呼ばれる2点は特に安定であることが知られています(※1)。
※1…これに対してL1~L3はやや不安定です。L2に存在するジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡のように、人工物ならば姿勢制御で長期間その場所に留まれますが、そのような制御ができない自然天体が長期間留まる可能性は考えられていません。
例えば太陽と地球のラグランジュ点の場合、太陽と地球を頂点とする正三角形を2つ描けます。新たに生じる頂点のうち、地球に先んじて公転軌道を進んで見えるものをL4、地球を追いかけるように公転軌道を進んで見えるものをL5と呼びます。この2点は相当安定であることから、小惑星は長期間に渡って地球との位置を保ったまま、似たような公転軌道で太陽の周りを周回しているように見えます。そのような小惑星は「トロヤ群小惑星」と呼ばれます。
トロヤ群という名は、木星のラグランジュ点で見つかった小惑星に、ギリシャ神話のトロイア戦争の英雄に因んだ命名をするという働きかけがあったためであり、現在でも発見例の大半は木星のトロヤ群小惑星です。しかし1991年に火星で初めてトロヤ群小惑星が発見されたことを皮切りに、今では木星以外の惑星でもトロヤ群小惑星が見つかっています。
トロヤ群小惑星の数は、その惑星の重力が強いほど多くなる傾向にあります。また、地球から遠かったり、太陽や銀河面などで背景が明るければ観測が難しくなります。このため、各惑星でトロヤ群小惑星の発見数は大きく異なります。特に、トロヤ群小惑星の研究の中で課題とされていたのが土星でした。土星は太陽系で2番目に大きな惑星であり、重力の強さはトロヤ群小惑星を保持するのに十分です。しかし、土星の近くを木星が周回しており、その重力で幅広い領域の小惑星の軌道をかき乱します。このためかなり以前から、土星のL4とL5はさほど安定ではないことが予測されていました。
2013年には、土星と同じく、L4とL5が不安定であると予測されていた天王星で初めてトロヤ群小惑星が発見されましたが、土星のトロヤ群小惑星は、それから10年余り経っても報告がありませんでした。しかしそれでも、土星のトロヤ群小惑星は皆無ではないという予測が根強くありました。
「2019 UO14」が土星初のトロヤ群小惑星であることが判明許氏らの研究チームは、2019年に発見された小惑星「2019 UO14」に注目しました。2019 UO14はハワイの掃天観測プロジェクト「パンスターズ(Pan-STARRS)」によって発見されましたが、当時のデータでは土星のトロヤ群小惑星であるかどうかを判定するほど精度が高くありませんでした。これは、2019 UO14の見た目の動きがあまりにも遅く、正確な公転軌道を決定することが困難であったためです。そこで、別の天文台のアーカイブデータや、ハワイ大学の2.2m望遠鏡で新たに観測を行うことで、最終的に2015年から2024年までの240回の観測データを取得することができました。
この観測データを元に力学的なシミュレーションを行った結果、2019 UO14は土星のL4、つまり土星に先行して公転する軌道に留まっている可能性が高いことが明らかにされました。2019 UO14は元々は「ケンタウルス族」と呼ばれる、木星から海王星までの間に公転軌道を持つ小惑星であったと考えられます。しかしケンタウルス族の公転軌道は不安定であることが知られており、しばしば変化します。2019 UO14は、ケンタウルス族の公転軌道から変化した先が、たまたま土星のL4トロヤ群小惑星であったと考えられます。
2019 UO14は、初めて発見された土星のトロヤ群小惑星です。しかし、トロヤ群小惑星である期間は余りに短いと考えられています。シミュレーションによれば、2019 UO14はたったの約2000年前に土星のトロヤ群小惑星になったと考えられ、約1000年後には再びケンタウルス族に戻ってしまうと推定されます。土星と同じく不安定なトロヤ群小惑星しか持たないと考えられている天王星でさえ、その安定性は約100万年程度であることを考えれば、2019 UO14の約3000年という期間は極めて短命です。この短命さ=数の少なさが、土星のトロヤ群小惑星の少なさと発見の遅れに繋がったとも考えられます。
今回の土星のトロヤ群小惑星の発見により、太陽系の惑星の中でトロヤ群小惑星を持たない惑星は水星が唯一となりました。ただし、水星は惑星の中で最も重力が弱い天体な上に、公転軌道の形(軌道離心率)が大きく変化することで知られており、力学的不安定性から、水星のトロヤ群小惑星はおそらく存在しないと予測されています。今回の2019 UO14の研究により、トロヤ群小惑星の存在が予測されている全ての惑星で、1個以上のトロヤ群小惑星の存在が主張されたことになります。
史上初の “トロヤ群彗星” かどうかは不明先述の通り、2019 UO14の起源はケンタウルス族である可能性が高く、観測データから推定された2019 UO14の色もケンタウルス族であることを示しています。ところで、ケンタウルス族はしばしば弱いながらも彗星活動が見られることで知られています。現在の定義では、小惑星として発見された天体に彗星活動が観測されれば、小惑星かつ彗星として扱われます。従って2019 UO14に彗星活動が見つかれば、観測史上初の “トロヤ群彗星” とでも呼ぶべき存在となるはずです(※2)。
※2…P/2019 LD2(ATLAS彗星)は発見当初、その軌道が木星のL4トロヤ群小惑星と似ていることから、(木星に限らず全ての惑星の)トロヤ群に属する初の彗星であるとの主張がなされましたが、現在では偶然L4の近くにあるだけで、トロヤ群ではない無関係の天体であるとして撤回されています。
許氏らは、今回の観測結果からは、2019 UO14の彗星活動の兆候を得ることはできませんでした。しかし観測を続ければ、2019 UO14の彗星活動は観測可能であるとも考えています。もし、十分に観測を行ってもなお、2019 UO14に彗星活動が見られなかった場合、それは揮発成分が枯渇していることを示唆します。この場合、2019 UO14はおそらく木星族のように、木星軌道の内側を短期間で周回する彗星であったかもしれないことを示しています。
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Source
Man-To Hui, et al. “2019 UO14: A Transient Trojan of Saturn”. (arXiv) Bob Yirka. “Saturn Trojan asteroid confirmed”. (Phys.org) S. A. Tabachnik & N. W. Evans. “Asteroids in the inner Solar system — I. Existence”. (Monthly Notices of the Royal Astronomical Society) Mike Alexandersen, et al. “A Uranian Trojan and the Frequency of Temporary Giant-Planet Co-Orbitals”. (Science)文/彩恵りり 編集/sorae編集部
#土星 #トロヤ群小惑星 #2019UO14