パデュー大学のMarissa Tremblayさんを筆頭とする研究チームは、アメリカで見つかった火星隕石のひとつ「ラファイエット(Lafayette)隕石」に含まれていた鉱物を分析した結果、今から約7億4200万年前に液体の水による変質作用を受けていた可能性が示されたとする研究成果を発表しました。
言い換えれば、この隕石は当時の火星で水が液体の状態で存在していた可能性を物語っていることになります。研究チームの成果をまとめた論文はGeochemical Perspectives Lettersに掲載されています。
マグマ活動による永久凍土の融解で液体の水が生じた可能性ラファイエット隕石は、約1100万年前の火星で天体衝突が起きた時に弾き出された岩石が宇宙空間を漂った後に地球へ落下したものだと推定されています。その内部からは、かんらん石(橄欖石)と液体の水の相互作用によって形成されるイディングサイト(iddingsite)と呼ばれる鉱物の集合体が見つかっています。
今回、研究チームがアルゴンの同位体を用いる方法(40Ar/39Ar年代測定)でラファイエット隕石のイディングサイトが形成された年代を調べたところ、7億4200万±1500万年前という結果が得られました。火星の表面にはかつて海が形成されるほどの液体の水が存在していたものの、やがて失われたと考えられています。分析されたイディングサイトの形成年代まで火星表面に豊富な水が残っていた可能性は低いことから、マグマ活動によって永久凍土が融解して液体の水が生じ、鉱物を変質させたのではないかと研究チームは考えています。
また、火星隕石として見つかった岩石は火星から弾き出された時や地球へ落下した時に熱や衝撃を受けますし、宇宙空間を漂っている間も宇宙線や宇宙塵による風化作用(宇宙風化)を受けたはずです。研究チームはこうした作用がアルゴンの一部を失わせるなどして年代測定に影響を及ぼした可能性も検討しており、Tremblayさんは影響がないことを実証できたと述べています。
パデュー大学によると、後にラファイエット隕石と命名される石が見つかったのは1931年(※)のことですが、その場所は同大学の引き出しの中。どうしてそこにあったのか、はっきりしたことはわからなかったといいます。当初は表面の模様が氷河擦痕(移動する氷河が岩石に付けた痕跡)だと思われていたものの、パデュー大学があるアメリカ・インディアナ州で見つかる典型的な岩石とは違っていたことから、イリノイ州シカゴのフィールド自然史博物館で詳しく調べられることになりました。
※…2019年4月のパデュー大学のプレスリリースでは発見年を1929年としていますが、今回の研究成果を伝えたプレスリリースや国際隕石学会のデータベースでは1931年とされていることから、ここでは1931年としています。
その結果、大気圏突入時の高熱によって外側がガラス質に変質していたり、内部からはインディアナ州ではめずらしい鉱物が見つかったりしたことから隕石と確認。隕石の名前は見つかった場所をもとに命名されることから、大学の所在地であるウェストラファイエットにちなんで「ラファイエット隕石」と命名されました。ラファイエット隕石の大きな破片はワシントンD.C.の国立自然史博物館にありますが、その他の破片はフィールド自然史博物館へ寄贈されたり(※2019年にパデュー大学へ返還)、研究のため各地で保管されたりしています。
【▲ 動画:寄贈先のフィールド自然史博物館から数十年ぶりにパデュー大学へ返還されたラファイエット隕石の破片(英語)】
(Credit: Purdue University)
1980年代になると、アメリカ航空宇宙局(NASA)の火星探査機「バイキング(Viking)」による観測データをもとに、ラファイエット隕石を含む一部の隕石が火星から飛来した岩石に由来する火星隕石として認識されるようになりました。特に、ラファイエット隕石は落下後の地上での風化作用をあまり受けていないように見えることから、火星由来の有機物を検出するのに適している可能性があるとして注目されているといいます。
とはいえ、いつどこで見つかったのかがわからないままだというのも困りもの。2022年にはグラスゴー大学のAine Clare O'Brienさんを筆頭とする研究チームが、ラファイエット隕石の落下および発見時期の特定を試みた研究成果を発表しています。
研究チームの論文によると、時期は不明ですが、パデュー大学の学生がティピカヌー郡(ウェストラファイエットがある郡)の池で釣りをしていたところ、すぐ近くに石が落下。泥の中からその石を回収した学生は自宅で保管した後に大学へ寄贈した、という経緯が1935年の論文で報告されているといいます。
そこで研究チームはロンドン自然史博物館から提供されたラファイエット隕石のサンプルを分析して、落下後の隕石を“汚染”した地球に由来する有機物を調べました。その結果、植物に由来する多数の代謝物や、赤かび病の病原菌として知られるFusarium graminearumが生成するマイコトキシンの一種「デオキシニバレノール(ボミトキシン)」の存在が推定されることから、前述の経緯も踏まえて、赤かび病が深刻だった1919年に落下した可能性が最も高いと研究チームは結論付けました。
落下が1919年だった場合、“落ちてきた石”として一度は発見されていたラファイエット隕石は、大学の引き出しで12年間ひっそりと眠っていたことになります。それに、隕石であると判明した後も、火星隕石だとわかるまでには半世紀ほどの時間が経っています。最近は日本でも国立科学博物館で「ヤマイヌの一種」として保管されていた剥製が、実はニホンオオカミだったことが判明したという出来事がありました。“発見”されるのを待っているこうした収蔵品は、様々な分野でまだまだたくさんあるのかもしれません。
隕石は地球に落下後わずか数日で変質する これまでの予想以上に変化しやすいことが判明(2023年2月19日) 火星隕石「ティシント隕石」から多種多様な有機物を検出 有機マグネシウム化合物も初検出(2023年1月26日) 最古級の火星隕石「NWA 7034」の正確な起源が判明!(2022年8月7日)
Source
Purdue University - Meteorite contains evidence of liquid water on Mars 742 million years ago Purdue University - Chunk of the Lafayette Meteorite from Mars returning to Purdue Tremblay et al. - Dating recent aqueous activity on Mars (Geochemical Perspectives Letters) O'Brien et al. - Using Organic Contaminants to Constrain the Terrestrial Journey of the Martian Meteorite Lafayette (Astrobiology) 国立科学博物館 - 研究報告 A類(動物学) 第50巻第1号文・編集/sorae編集部
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