夜空に浮かぶ恒星は地球から遠く離れているため、通常は点にしか見えません。しかし最新の観測手法を使えば、周辺環境のクローズアップ撮影を行うことができます。天文学者はこれまでに、天の川銀河に属する20個以上の恒星やその周辺環境のクローズアップ撮影に成功していますが、他の銀河の恒星は余りに遠すぎるため撮影ができていませんでした。
アンドレス・ベーリョ国立大学の大仲圭一氏などの研究チームは、地球から約16万光年離れた位置にある恒星「WOH G64」を「超大型望遠鏡(VLT)」の干渉計「GRAVITY」で観測し、恒星本体を包み込む塵やリング状構造を画像化することに成功しました。これは天の川銀河以外の恒星では史上初となる周辺環境のクローズアップ撮影となります。
超新星爆発を起こすような重い恒星は、寿命末期の数千年間で大量の物質を放出すると推定されていますが、その状況はよくわかっていません。WOH G64はまさに寿命末期の段階であると推定されているため、放出された物質の構造が画像化できたことは、恒星の進化に関する研究で重要です。
夜空に浮かぶ星々のうち、大半を占める恒星は点にしか見えません。これは、どんなに近くても数光年(数十兆km)と、恒星が非常に遠くにあるためです。しかし、複数の望遠鏡の観測結果を合成し、大気による揺らぎを補正できるようになると(※1)、恒星を点ではなく大きさのある物体として撮影できるようになりました。
1995年に初めてクローズアップ撮影に成功した「ベテルギウス」を皮切りに、これまでに20個以上の恒星について、恒星本体やその周辺環境のクローズアップ撮影に成功しています。ただし、これらは全て天の川銀河の恒星に限定されており、最も遠い例は約1万1700光年離れた位置にある「HR 5171」でした(※2)。理由は単純明快、隣の銀河までの距離はこれらの星よりもずっと遠く、それだけ観測が困難だからです。
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こうした困難の中で、撮影が試みられていた恒星の1つに「WOH G64」がありました。WOH G64は天の川銀河の伴銀河である「大マゼラン雲」の中、地球から約16万光年の距離にあります。推定直径は約12億km(太陽の約1730倍)と、きちんと測定された中では最大の直径を持つ恒星であり(※3)、太陽系の中心に置けば木星まで飲み込まれ、土星にもあと少しで手が届くほどの大きさになります。
WOH G64はその巨大さに加え、重い恒星の寿命末期の段階にあることでも注目されています。重い恒星は超新星爆発による劇的な最期を迎えますが、その直前の数千年間は大量の塵を宇宙空間に放出すると考えられています。塵の放出は方向によって偏りがあると考えられていますが、その詳細はよくわかっていませんでした。WOH G64は塵の放出が顕著であるため、恒星周辺の塵の構造を画像化できれば、超新星爆発直前の恒星の様子について多くの情報が得られると期待されていました。
※1…複数の望遠鏡の観測結果を合成する従来の干渉法に、大気の揺らぎの補正を適用する「スペックル干渉法」が提唱されたのは1970年代でした。しかし、スペックル干渉法を行うためには、大量の画像データを数学的に処理する必要があり、十分な能力を持つコンピューターが登場するのは1990年代を待たなければなりませんでした。
※2…「ケフェウス座RW星」はHR 5171とほぼ同等の約1万1400光年である可能性がありますが、非常に大雑把にしか分かっておらず、約8400~2万6800光年の間であると考えられています。HR 5171の約1万1700光年は、複数の観測結果の平均値に基づいており、より信頼性が高いと考えられています。
※3…WOH G64の推定直径は、巨大であると推定される他の恒星よりも精度よく測定されています。WOH G64より大きいと推定される恒星は、その測定精度がとても荒いため、実際にはWOH G64よりずっと小さい可能性が十分にあります。
大マゼラン雲の恒星「WOH G64」の周辺部の画像化に成功!大仲氏らの研究チームは、ヨーロッパ南天天文台(ESO)がチリのパラナル天文台に設置した望遠鏡「VLT」の干渉計「GRAVITY」の観測データに基づき、WOH G64の周辺環境の画像化を試みました。VLTには従来、望遠鏡2台によって構成される「MIDI」という高性能な干渉計が存在しましたが、当時最高峰の干渉計であるMIDIをもってしても、WOH G64の画像化には成功していませんでした。そこでMIDIを置き換える形で、望遠鏡4台によって構成される新たな干渉計GRAVITYが2015年に稼働しました。
大仲氏らは、2020年12月15日と26日に、GRAVITYを通したWOH G64の赤外線観測を行いました。観測データを画像化するために、2種類の異なるアルゴリズムで処理したところ、WOH G64の周辺部の塵について、詳細な構造を画像化することに成功しました。WOH G64本体は今回の画像では識別できませんが、恒星の周辺環境をこれほどの解像度で画像化したのは、天の川銀河の外にある恒星では史上初めてのことです。
得られた画像から、WOH G64の周辺部に2つの構造物があることが分かります。中心部にある楕円形の構造は、WOH G64本体を繭のように包み込む塵の雲であると考えられます。塵の雲の大きさは短い側でも幅約216億km、長い側では幅約312億kmに達すると見られます。短い側でさえ、冥王星が太陽から最も遠い位置にある時の約3倍もの距離に達します。
今回の観測では副次的な成果として、WOH G64の明るさが10年前より暗くなっていることが分かりました。明るさの変化や塵の雲の形状の歪みは、大量の塵の放出で恒星本体の光が遮られ、形が非対称となった原因として十分に考えられます。WOH G64本体が塵の雲に遮られ暗くなることは、今回の観測でWOH G64本体が撮影できなかったことにもつながります。ただし、WOH G64本体の明るさ自体が予想より暗い場合や、未知の伴星による重力の影響など、明るさの変化や塵の雲の形状の説明は他にも考えられるため、理由の絞り込みには更なる観測が必要となります。
もう1つの構造物として、塵の雲の外側に細長いリング状の構造が見られます。このリングは短い側でも幅約456億km、長い側では幅約744億kmにも達する巨大構造物です。この構造にはより多くの謎があります。最も可能性が高いのは、WOH G64の外縁部を周回する塵の円盤の一部であるというものです。この場合、恒星本体からの光で照らされた、内側のほんの一部分のみが可視化されているだけであることになり、実際にはこのリングよりずっと外側まで円盤が広がっていることになります。
ただし大仲氏らは、少なくとも今回の研究ではリング構造の正体を確定させることは避けています。2種類の異なるアルゴリズムで処理した結果、同一のリング構造が現れたことは、このリング構造は実在するものであることを裏付けています。ただし観測データの性質の問題から、データ処理の過程で現れた幻の構造である可能性を排除できていません。このことから、大仲氏らはリング構造について、現時点ではこれ以上議論することを避けています。
恒星の進化を探る上で重要な成果WOH G64の周辺にある塵の構造を画像により可視化できたことは、恒星の進化の研究において重要なマイルストーンです。WOH G64の塵の構造をズームイン撮影できたことで、これまでにない解像度で非対称形をした塵の雲を可視化することができました。WOH G64は超新星爆発の直前の数千年間の段階に達していると見られていますが、これは恒星の寿命からすれば一瞬の出来事です。その瞬間を可視化することは、恒星の最終段階に関する理論モデルを構築する上での大きな手がかりです。
超新星爆発と、その直前の恒星活動で放出される大量の塵には、地球のような岩石惑星や、そこに生息する生物にとって欠かせない重い元素が大量に含まれています。重い恒星の周辺環境を画像化し理論モデルを構築することは、「私たちはどこから来たのか」という根源的な問いに答えるためにも必要な研究です。
Source
K. Ohnaka, et al. “Imaging the innermost circumstellar environment of the red supergiant WOH G64 in the Large Magellanic Cloud”.(Astronomy & Astrophysics) Keiichi Ohnaka, et al. “Astronomers take the first close-up picture of a star outside our galaxy”.(ESO)文/彩恵りり 編集/sorae編集部