国際宇宙ステーション(ISS)の実験棟では、多岐にわたる科学実験が行われています。アメリカ航空宇宙局(NASA)が2024年11月22日付で公表した「Station Science Top News」レポートでは、ISS内で得られた成果の一例として、「きぼう」日本実験棟に設置された静電浮遊炉(ELF: Electrostatic Levitation Furnace)を活用したガラス実験の成果が紹介されています。
宇宙航空研究開発機構(JAXA)が2019年から2023年にかけて実施した「Fragility(※)」プロジェクトは、きぼう内の静電浮遊炉を用いて高温酸化物融体のフラジリティの起源を解明することを目的としています。
※…ガラス物理学(Glass Physics)の文脈では、高温の液体がガラス化(ガラス転移)する温度に近づく際に、粘性が急激に変化するさまをフラジリティ(fragility)と呼んでいる。
ガラス化とは、液体が冷却される過程において、原子や分子の配列が規則正しい結晶ではなく、不規則な非晶質固体に転移する現象を指します。こうしたガラス化を研究するためには、粘性や密度といった物性を正確に測定することが不可欠だといいます。しかし地上では、溶融物質を収容する容器が実験結果に影響を与えるため、高精度な測定が難しいという課題があるようです。その点、微小重力空間に設置された静電浮遊炉を利用すれば物質を電気の力で浮遊させられるため、容器を使用せずに溶融状態の物質を保持・制御できます。その結果、幅広い物質の物性をより純粋な条件で測定できる模様です。
「きぼう」での測定が新規ガラスの設計に役立つかもしれないJAXAの研究チームは、地球内部のマントルにも存在するエンスタタイト(MgSiO₃)やフォルステライト(Mg₂SiO₄)といったケイ酸塩鉱物に着目しました。ケイ酸塩はケイ素(Si)を含む酸化物であり、私たちが日常生活で「ガラス」と呼ぶソーダ石灰ガラスもケイ酸塩の一種です。エンスタタイトやフォルステライトもまたガラスになりやすい性質(ガラス形成能)を有しており、実際これらを組み合わせた合成ガラスの研究が進められているといいます。
ISS内の静電浮遊炉を活用した実験では、エンスタタイトやフォルステライトが溶融状態にあるときの密度が測定されました。密度の正確な測定は、これらの物質の電子構造や原子配置を解明するために重要な情報を提供するといいます。研究チームは、X線回折および中性子回折を活用した構造解析を、これらのケイ酸塩の液体状態、結晶状態、ならびにガラス状態に対して実施しました。加えて、(電子の分布に関する)分子動力学シミュレーションとも照合したところ、電子構造ではなく原子配置がガラス形成能に主要な役割を果たしていることを発見しました。
NASAは、静電浮遊炉を活用した研究が、ガラス化現象の理解を深めるとともに、新規ガラス材料の設計に知見をもたらすと期待を寄せています。
国際宇宙ステーションの「きぼう」では何が行われているの? 日本チームの驚くべき研究結果(2024年8月7日) 若田光一宇宙飛行士が乗る「クルードラゴン」打ち上げは10月6日以降に ハリケーン接近の影響(2022年9月29日)
Source
NASA - Station Science Top News: Nov. 22, 2024 NASA - Fragility JAXA - 新奇機能性非平衡酸化物創製に向けた高温酸化物融体のフラジリティーの起源の解明 JAXA - 静電浮遊炉(ELF) Y. Yuta Shuseki, et al. - Atomic and Electronic Structure in MgO–SiO2(The Journal of Physical Chemistry A) S. Kohara, et al. - Relationship between topological order and glass forming ability in densely packed enstatite and forsterite composition glasses(Proceedings of the National Academy of Sciences)文/Misato Kadono 編集/sorae編集部