「土星」を始めとして、太陽系のいくつかの天体には環があります。環は、直径数万kmの巨大な惑星だけではなく、直径が数百kmしかない小惑星にも見つかっています。しかし、太陽系に数百個ある衛星の中で、環を持つものは1個も発見されていません。これまで、直径数百km以上の衛星の多くは巨大惑星の周辺を周回しているため、重力の関係で環が安定しないのではないか、と考えられてきました。
これを確かめるため、アドルフォ・イバニェス大学のMario Sucerquia氏などの研究チームは、力学的なシミュレーションを行い、衛星周辺に環が存在できるかどうかを検討しました。その結果、いくつかの衛星では安定的に存在する環が存在可能であるという、事前の予想に反する意外な結果が得られました。シミュレーションの長さは100万年程度と短いですが、より長期にわたって環が存在する可能性は十分にあります。
そうなると、衛星に環がない理由は、たまたま環が存在しない時代に私たちが出現し、天文学を発展させたという、純粋に偶然の結果かもしれません。土星でさえ環の寿命はかなり短いのではないかという推定がある中では、このような偶然はあり得ることです。
太陽系の衛星に環がないのはなぜ?1610年にガリレオ・ガリレイは、自作の望遠鏡で「土星」を観測し、土星本体に2つの “耳” がくっ付いていると記録しました。1655年にクリスティアーン・ホイヘンスは、ガリレオより優れた望遠鏡で土星を観察し、 “耳” の正体は土星本体の周辺を周回する環であることを初めて記録しました。これは人類が初めて発見した天体の環です。
それからしばらくの間、土星は環を持つことが知られている唯一の天体でした。しかし1970年代から1980年代にかけて、木星・天王星・海王星にも環があることが確認されました(※1)。そして2014年に直径約260kmの10199番小惑星「カリクロー」に環が発見されたことで、環を持つ天体は巨大惑星に限られないことが証明されました。現在では4個の惑星と3個の小惑星(うち1個は準惑星)に環が見つかっています(※2)。
※1…現在認められている発見時期より以前にも環の発見報告や、環の存在を証明しうる観測記録はいくつか存在します。しかしそれらは、そもそも報告に信頼性がないか、確定した発見報告が公表された後の事後報告の形で発表されています。
※2…2060番小惑星/95番周期彗星の「キロン」には、2015年から何回か環の発見報告がありますが、否定的な観察記録もあり、不確定性が高いです。仮に、存在するとしても、その構造は激しく変化しているようです。136472番小惑星で準惑星でもある「マケマケ」は、赤外線の過剰な放射は環の存在によって説明可能であるという説が提唱されていますが、環そのものは未発見です。
土星のような環を木星が持たないのはなぜか、その理由に迫った研究成果(2022年7月23日) 50000番小惑星「クワオアー」に「環」を発見! 環をロシュ限界の外側で初めて発見(2023年2月15日) ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡が迫る「カリクロー」の環の性質(2023年2月17日)しかしながら、未だに環を持つ天然の「衛星」は1個も見つかっていません。惑星の衛星だけで288個(※3)、準惑星や小惑星の衛星も含めれば867個にも達し、直径数百km以上の衛星も複数ある中で、環が未発見なのは不思議とも言えます。
※3…土星のF環にあるとされる3個の衛星を含みません。衛星の仮符号が振られているものの、真の衛星ではなく、土星の環の中で生じた一時的な塊であると考えられています。
ただし、現在では失われているものの、かつて環を持っていたのではないかと推定される衛星はいくつかあります。例えば土星の衛星「イアペトゥス」には、高さ約20km・長さ約1300kmの山脈がほぼ赤道に沿って連なっていますが、これは環から物質が降り積もった結果ではないかと推定されてます。
同じく土星の衛星の「レア」には、赤道に沿って青っぽい物質が降り積もっています。また、かつては観測データの分析結果から、レア独自の環が存在すると主張されたこともありましたが、少なくとも現時点で環が存在する明確な証拠は見つかっていません。
衛星の環が、過去には存在したものの現在では失われているならば、衛星の環は不安定であり、すぐに消えてなくなってしまうのかもしれません。大きな衛星は巨大惑星の周辺を周回しており、複数の衛星が密集していることを考えると、強い重力場の下で衛星の環が不安定化して失われる、と考えるのが妥当かもしれません。
衛星は環を持てることが判明!Sucerquia氏らの研究チームは、衛星の環は本当に不安定で長期的に存在し得ないのかを検討しました。形状が球形となることが保証される10の19乗kg(土星の衛星で直径約400kgのミマスと同程度)より大きく、平均密度が水より大きい太陽系の衛星を対象に、衛星の周辺を周回する環の粒子の安定性を100万年の長さにわたってシミュレーションしました。
その結果、地球の衛星である「月」を含め、多くの衛星が100万年の時間で安定した環を保持できることが分かりました。衛星同士の距離が近い混みあった環境でさえ環が安定するという結果は、研究者自身から見ても予想外です。
明確に環が不安定だと判明したのは、海王星の衛星「トリトン」のみです。今回の研究ではその理由について詳細に検討していませんが、Sucerquia氏らはトリトンが巨大衛星としては唯一の逆行衛星(※4)であることが関係していると推定しています。
※4…惑星の自転方向とは逆向きに公転している衛星のこと。
トリトンとは逆に、イアペトゥスは環の安定性がかなり高いと判明しました。先述の通り、イアペトゥスの赤道には山脈があり、環の物質が降り積もったものではないかと推定されています。長期的に安定と言っても永久に存在するわけではないため、徐々に環の物質が赤道へと降り積もって山脈となった、という可能性はあり得そうです。
また、かつて環を持つのではないかと推定されたレアは、明確な環こそ見つかっていないものの、レアの周辺の塵が多いことを示唆する観測データが得られています。この塵は、かつてレアが持っていたかもしれない環の痕跡である可能性を排除できません。
私たちはたまたま衛星に環がない時代にいる?今回の研究を見ると、太陽系の衛星には環を持つものがあってもおかしくないという結論が得られます。そうなると、なぜ現実に環が存在しないのか?という矛盾への答えは「偶然にも、私たちは衛星に環がない時代に天文学を発展させた」ということになりそうです。
環の形成に関する力学は複雑ですが、寿命は天文学的スケールで見ればかなり短いのではないかという説があります。有名な土星でさえ、環の形成年代は4億年前より古いことはなく、1億年前未満である可能性すら示されています(※5)。仮に恐竜にガリレオのような人物(?)がいれば、環のない土星を観察したかもしれませんし、その場合「天体には環という構造物ができることがある」という発想すら思い浮かばなかったかもしれません。
※5…ただし、この記事の執筆時点で新たに公開された論文において、年齢の推定方法に対して反論を行い、土星の環の寿命はもっと長いのではないかとする主張もあります。
土星の環は4億年以内に形成された?土星探査機カッシーニのデータをもとに指摘(2023年5月16日) 土星の環は数億年前に2つの衛星が衝突した結果形成されたか 新たな衛星が誕生した可能性も(2023年10月3日)また、4億6600万年前には地球にも環があった可能性が示されています。こちらは4000万年維持されたと考えられ、天文学的には短期間です。地球に環がないことをあえて指摘する場合、その回答が「たまたまないだけだ」ということになるように、衛星に環がないこともたまたまであることはあり得る話です。逆に、もし地球の月に環があったとすれば、文化や宗教は現在とは全く異なる発展をしていたかもしれません。
約4億6600万年前の地球に「環」があった可能性 史上2番目の大量絶滅の原因?(2024年9月24日)Sucerquia氏らは、太陽からの放射圧や惑星の磁場など、環を不安定化させ得る他のパラメーターを今回よりもさらに詳細に検討することで、もっと正確な環の寿命が判明するのではないかと考えています。それはイアペトゥスやレアのような、環の影響を受けていると思われる衛星の進化を推定する上でも重要になります。
Source
Mario Sucerquia, et al. “The missing rings around Solar System moons”.(Astronomy & Astrophysics) Michelle Starr. “Wait a Minute. Why Don't Any of The Solar System's Moons Have Rings?”.(science alert)文/彩恵りり 編集/sorae編集部