東京工業大学地球生命研究所は8月29日付で、地球の月は巨大衝突によって飛び出した「マグマオーシャン」から形成されたとする、同研究所の斎藤貴之氏が参加した研究チームによる研究成果を紹介しています。研究成果は論文にまとめられ、4月29日付でNature Geoscienceに掲載されています。
地球に一番近い天体でありながら、月にはその誕生についていまも謎が残されています。現在有力視されているのは、初期の地球に火星サイズの惑星が衝突し、周囲に飛び散った破片が集まって月になったという「ジャイアント・インパクト(巨大衝突)説」です。
しかし、月の謎のひとつを解決するかに思えたジャイアント・インパクト説にも、ある疑問が残されていました。
アポロ計画で月から持ち帰られたサンプルの研究結果(元素の同位体比)を踏まえると、月は衝突によって飛び散った地球の破片からできていると推測されます。ところが、ジャイアント・インパクトの様子をコンピューターでシミュレートしてみると、月は地球にぶつかったほうの惑星を主な材料として出来上がったと考えられます。月のサンプルとコンピューターシミュレーションの間には、このような矛盾が存在していたのです。
■飛び散ったマグマが集まったとする今回の説ジャイアント・インパクト説の矛盾を解決するために、衝突の衝撃で地球の大部分が一度蒸発してしまったとする説も登場するなど、身近な天体の成因を巡る謎を解こうと、研究者たちは長年取り組みを続けてきました。
今回、研究チームは、地球の表面に存在する岩石が熱によって融けた状態にあった頃、すなわち「マグマオーシャン」に覆われていた頃に惑星が衝突したと仮定して、コンピューターシミュレーションを行いました。
その結果、地球に衝突してきた天体は衝突後に一旦地球から離れつつ、再び衝突して地球と合体するいっぽうで、衝突によってマグマオーシャンが地球の周囲に飛び散って円盤を形成し、ここから月が誕生するという結論が得られました。以下は衝突の様子を再現した動画です。
つまり、衝突が発生したときの地球がマグマオーシャンに覆われていれば、月は地球の破片を材料として形成されたということがシミュレーションによって示されたのです。月のサンプルとコンピューターシミュレーションの間にあった矛盾が、マグマオーシャンによって解決できたことになります。
ただ、先日後期重爆撃期を巡る研究成果を紹介したときにも触れたように、月のサンプルは表側の限られた場所からしか集められていません。月の誕生の謎を明らかにするには、2024年以降に実施される予定の月の南極域への有人月面探査や、より遠く離れた月の裏側などからのサンプル採集を通して、月の組成に関する知見を高める必要があるでしょう。
Image Credit: NASA/JPL-Caltech
http://www.elsi.jp/ja-JP/news_and_events/research_highlights/2019/20190829_tsaitoh
文/松村武宏