ハワイのマウナケア山にあるW.M.ケック天文台は9月9日、超高速度星「PG 1610+062」の起源に迫ったAndreas Irrgang氏らの研究成果を紹介しました。研究結果は論文にまとめられ、8月6日付でAstronomy and Astrophysicsに掲載されています。
近年、他の恒星と比べて非常に速く運動する超高速度星(Hyper Velocity Stars:HVS)が幾つか見つかっています。1秒間に数百kmという高速で移動することになった原因として考えられているのが、天の川銀河の中心に存在が確実視されている超大質量ブラックホール「いて座A*(エースター)」です。
過去の研究におけるシミュレーションでは、太陽の400万倍もの重さを持った超大質量ブラックホールに連星が近付くと、片方の恒星がブラックホールに破壊され飲み込まれてしまういっぽうで、もう片方の恒星はエネルギーを得て加速されます。こうして生き残った恒星はブラックホールの重力を逃れるだけでなく、銀河系を脱出できるほどの高速を獲得する可能性が示されました。
実際に超高速度星が見つかるとともに、超大質量ブラックホールの存在もより確かになっていきます。「超高速度星は超大質量ブラックホールに飲み込まれた連星の生き残り」という仮説は、他に超高速度星をうまく説明できる仮説がなかったこともあり、自然と受け容れられていきました。
■PG 1610+062が出発した場所は銀河の中心部ではなかった今回Irrgang氏らの研究チームは、W.M.ケック天文台のケック望遠鏡や、アストロメトリ(位置天文学)に特化した欧州宇宙機関(ESA)の宇宙望遠鏡「ガイア」の観測データを使い、天の川銀河のハロー(銀河円盤を球状に取り囲む銀河の一番外側の構造)にあるPG 1610+062を詳しく調べましました。
かつてPG 1610+062は太陽の半分の質量を持つ、ハローではよく見られる古い恒星と考えられていました。ところが、ケック望遠鏡の観測データを分析したところ、実際の質量はその10倍ほど(太陽の4~5倍)もある、若くて青いB型の恒星であることがわかりました。さらに、ガイアの観測データを分析したところ、PG 1610+062は秒速510~590kmで放出された超高速度星であることも判明します。
問題は、その出発地点でした。現在の移動速度や方向からPG 1610+062が放出されたのが天の川銀河のどこだったのかを遡って調べた結果、いて座A*があるとされる銀河中心部ではなく、そこから離れた円盤部にある渦状腕のひとつ(いて・りゅうこつ腕付近)だったのです。
つまり、これまでの定説に反して、PG 1610+062は超大質量ブラックホール以外の何かによって加速を受けたことになります。連星の片方が超新星爆発を起こすことで高速移動を始める恒星もありますが、ここまで加速させることはできません。
■原因は中間質量ブラックホールだった?さまざまな可能性を検討した末に研究チームが導き出したのは、未発見の「中間質量ブラックホール」との相互作用によって弾き出されたとする結論でした。中間質量ブラックホールとは、超新星爆発で誕生する恒星ほどの重さの「恒星質量ブラックホール」と、銀河中心にあるような「超大質量ブラックホール」の中間にあたる質量を持ったブラックホールです。
中間質量ブラックホールは渦状腕にある若い星団などに存在するとみられていますが、いまだ検出には至っていません。しかし、中間質量ブラックホールの存在を仮定しない限り、渦状腕から秒速550km前後の速度でPG 1610+062が放り出されるとは考えられないといいます。
超高速度星によって中間質量ブラックホールの存在を間接的に示した今回の研究成果。Irrgang氏によると、天の川銀河内に存在が予想されるこの中間質量ブラックホールを巡り、「発見するための競争がすでに始まっている」とのことです。
Image Credit: A. IRRGANG, FAU
[http://www.keckobservatory.org/blackhole-slingshot/]
文/松村武宏