現在の火星は寒く乾燥した大地が広がる惑星ですが、かつては海や湖が形成されるほど温暖な時期があったと考えられています。シカゴ大学のEdwin Kite氏らの研究グループは、古代の火星において高高度の薄い雲が引き起こす温室効果によって温暖な気候がもたらされていた可能性を示す研究成果を発表しました。
■当時の火星では水蒸気が一年近くも大気中に留まっていた可能性2021年2月、アメリカ航空宇宙局(NASA)の火星探査車「Perseverance(パーセベランス、パーサヴィアランス)」は火星のジェゼロ・クレーターへ着陸することに成功しました。ジェゼロ・クレーターは外部から流れ込んだ水によって湖ができていたと考えられていて、クレーターの西側に着陸したPerseveranceの近くには、その頃に形成された三角州とみられる地形が存在しています。
研究グループによると、火星で見つかった古代の川や湖の痕跡は、温暖な時期が少なくとも数百年間続いていた可能性を示しているといいます。いっぽう、これまでに提唱されてきた数々の仮説は、地球よりも太陽から遠い火星で温暖な気候が維持された理由をうまく説明できなかったと研究グループは指摘します。
古代の火星で温暖な気候が一定期間保たれた理由を探っていたKite氏らは、地球の巻雲のような高高度で生じる氷晶雲が温室効果をもたらした可能性に注目しました。この考えは2013年に最初に提案されたものの、雲を形成する水が大気中に留まっている期間が地球と比べてずっと長くなければならないなど、「雲が信じがたい性質を持っていた場合にのみ働く」(Kite氏)ことが主張されていたといいます。
研究グループが大気の3Dモデルを用いて分析を行ったところ、地表を覆う水の氷の量が重要である可能性が示されました。火星の地表の大部分が氷に覆われていた場合は地表の湿度が高くなり、温暖化にはあまり寄与しないとされる低高度の雲に有利な条件になるといいます。これに対し、極域や山頂など地表の一部だけが氷に覆われていた場合、地表付近の空気はより乾燥し、温暖化を促しやすい高高度の雲が形成されやすくなるといいます。
研究グループは、高高度の雲がもたらす温室効果によって当時の火星全球の年間平均気温が摂氏マイナス8度まで上昇し(現在の平均気温は摂氏マイナス60度ほど)、低緯度帯の湖が数百年に渡り温暖に保たれた可能性に言及しています。
研究を主導したKite氏によると、古代の火星における水の循環は現在の地球とはかなり異なっていたようです。地球の場合、水は表面と大気の間を素早く、地理的には不均一に移動する傾向があります。いっぽうKite氏らのモデルによると、初期の火星では地表から移動した水が1年近くも大気中に留まり、長期間消えずに残る高高度の雲を形成する条件が整うとされています。
Kite氏は「火星は重要な惑星です。なぜなら、かつて生命を支えられる環境を持ちながら、後にその環境が失われたことを私たちが知っている、唯一の惑星だからです。地球の長期間安定した気候は稀有なものです。私たちは、安定した惑星の気候を崩壊させる原因や維持できる理由、そのすべてを知りたいのです」と語ります。研究グループでは、Perseveranceによるサンプルの分析を通して、今回の成果が検証されることに期待を寄せています。
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Image Credit: NASA/JPL-Caltech
Source: シカゴ大学
文/松村武宏