こちらは「かみのけ座」の方向にある「NGC 1052-DF2」(以下「DF2」)と呼ばれる銀河です。DF2は天の川銀河と比べて同程度の幅がありながらも星の数は200分の1と少ない銀河で、輝度が乏しく全体的に淡く見える「ultra-diffuse galaxy」、日本語では「超淡銀河」や「超拡散状銀河」と呼ばれるタイプの銀河に分類されています。
イェール大学のZili Shen氏やPieter van Dokkum氏らの研究グループは、DF2に関する新たな研究成果を発表しました。今回、研究グループは「ハッブル」宇宙望遠鏡の「掃天観測用高性能カメラ(ACS)」を用いてDF2に存在する赤色巨星およそ5400個を観測し、DF2までのより正確な距離を求めました。
発表によると、進化のある段階における赤色巨星は光度がほぼ一定となるため、距離の測定に利用することができるといいます。分析の結果、これまで6500万光年とされていたDF2までの距離は、新たな分析では1割ほど遠い7200万光年と見積もられています。
■謎が深まるDF2の「暗黒物質がきわめて少ない」という特徴従来の見積もりと比べてさらに遠く離れていることがわかったことで、DF2に関する謎がさらに深まったといいます。その謎は、今も正体が判明していない「暗黒物質(ダークマター)」に関連しています。
銀河の質量のうち「通常の物質」(星々や私たちの身体を構成する物質、バリオン)が占める割合は少なく、大半は光(電磁波)で観測できない暗黒物質だと考えられています。暗黒物質は重力を介して通常の物質と相互作用するため、回転する銀河を構成する星々が散り散りになってしまうのを防ぐ役割を果たしているとみられています。また、遠くの銀河から発せられた光の進む向きが手前にある銀河や銀河団のもたらす重力によって曲がることで生じる「重力レンズ効果」の観測結果からも、暗黒物質の存在は確実視されています。
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ところが2018年、van Dokkum氏らの研究グループが「DF2は暗黒物質がきわめて少ない銀河だ」とする研究成果を発表しました。重力の影響を受ける星々の動きをもとに研究グループがDF2の質量を調べたところ、DF2には天文学者の予想に対して多くても400分の1しか暗黒物質が存在せず、目に見える通常の物質が大半を占めていることがわかったといいます。銀河に不可欠だと考えられてきた暗黒物質がほとんど存在しないとすれば、銀河の形成と進化に関する理論が再考を迫られることになるかもしれません。
この成果には異議を唱える声もあり、van Dokkum氏自身も「(他の研究者が)疑うのは正しいことだったと思います」と語っています。具体的には距離測定の精度が疑問視され、別の研究グループはDF2までの距離を4200万光年と算出しました。地球に近いほどDF2の実際の明るさはより暗く、サイズはより小さいことになるため、観測から導き出された銀河全体の質量を説明するには暗黒物質が必要になる、というわけです。
しかし、今回の赤色巨星を利用した距離測定ではDF2が従来の予想よりもさらに遠くにあることが示され、当初の成果を支持する結果が得られました。論文の筆頭著者であるShen氏は「このような銀河がいかにして存在するようになったのかに焦点を当てる時です」と語ります。
ただ、DF2の暗黒物質がきわめて少ない理由は依然として謎に包まれたままです。研究に参加したプリンストン高等研究所のShany Danieli氏は、同様に暗黒物質がきわめて少ないとされる「NGC 1052-DF4」とDF2がかつて同じ銀河のグループで同時期に形成された可能性があり、形成当時の環境に特別な何かがあったのかもしれないと言及しています。
また、DF2に関する研究成果は暗黒物質の存在そのものを否定するものでもありません。van Dokkum氏は「似たような銀河の一方には暗黒物質が存在しないように見え、もう一方には存在しているように見えるとすれば、それは暗黒物質が幻影ではなく、現実に存在することを意味するでしょう」とコメントしています。
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Image Credit: NASA, ESA, STScI, Zili Shen (Yale), Pieter van Dokkum (Yale), Shany Danieli (IAS), Processing: Alyssa Pagan (STScI)
Source: イェール大学 / 宇宙望遠鏡科学研究所(STScI)
文/松村武宏