福谷貴一氏(研究当時:東京大学、現:日本IBM))、今村剛氏(東京大学)らの研究グループは、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の金星探査機「あかつき」を使った観測の結果、金星の雲が運動する様子を昼夜問わず捉えることに成功し、金星の大気循環について新たな理解が得られたとする研究成果を発表しました。
■雲頂付近における南北の風向きは昼間と夜間で逆向きだったことが判明金星と地球は双子にたとえられるほどサイズがよく似ているものの、地表や大気の様子は異なります。金星の自転周期は約243日、1日の長さは約117日で、地表の温度は摂氏約460度、気圧は約90気圧。二酸化炭素を主成分とする大気には硫酸の雲が広がっているという、人類にとってはかなり過酷な環境です。
雲の雲頂にあたる金星の高度65km付近では、西向きに流れる「スーパーローテーション」(超回転)と呼ばれる全球規模の風が吹いていることが知られています。スーパーローテーションの風速は秒速約100mで、自転速度の60倍にも達します。発表によると、近年では系外惑星にもスーパーローテーションが生じているとみられるものが見つかっているといいます。
いっぽう、スーパーローテーションとは別に、金星の赤道から両極へと向かう秒速約10mの流れも存在することが判明しています。研究グループによると、今から40年ほど前に発見されたこの南北方向の流れは、太陽光によって加熱された大気が赤道付近で上昇してから高緯度に向かい、高緯度で下降してから赤道に戻る「ハドレー循環」が捉えられたものと解釈されてきたといいます。ハドレー循環は地球にも存在していて、緯度30度付近から赤道に向かって吹く東寄りの「貿易風」をもたらしています。
ところが近年になって、南北方向の風の流れは「熱潮汐波」の一部が捉えられたものではないかとも指摘されていたといいます。熱潮汐波は太陽によって昼側の大気が加熱され、夜側で冷えることによって生じる流体波動で、金星のスーパーローテーションを維持する役割を担っているとする研究成果が2020年に発表されています。研究グループによると、ハドレー循環は昼夜の南北風を平均した流れであるのに対し、熱潮汐波は昼夜で風の違いをもたらしますが、それぞれがどのように寄与しているのかはよくわかっていなかったといいます。
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そこで研究グループは、「あかつき」に搭載されている「中間赤外カメラ(LIR)」を使用し、金星の雲が発する赤外線を2年間に渡り取得しました。これまで金星における大気の運動は紫外線の波長を用いた昼側の雲の観測データをもとに推定されてきましたが、赤外線の波長を用いて昼夜の雲を観測することで、昼と夜の区別なく大気運動を捉えることが可能になったといいます。
摂氏0.3度ほどのわずかな雲頂温度の変動を浮かび上がらせる工夫を施して「あかつき」の観測データを分析した結果、金星の夜側では昼側とは逆に、両極から赤道へと向かう流れが主に日没から真夜中にかけて生じていることが判明したといいます。この夜間の流れは昼間の流れと同程度の速さで、昼夜を平均すると南北方向の循環はほぼ無いとされています。研究グループでは、雲頂の高度における南北の流れにおいては熱潮汐波の寄与が明確になったとしています。
また、雲頂高度における南北の平均循環がほぼゼロであることから、ハドレー循環の赤道から両極に向けての流れは雲頂よりも高いところに、両極から赤道に向けての流れは雲頂よりも低いところにあると解釈されています。金星の雲は主に赤道域で作られてから極域に向けて運ばれていると考えられてきたものの、ハドレー循環の赤道に向かう雲層内の流れに乗ることで、大部分が高緯度から運ばれている可能性を研究グループは指摘しています。
加えて、時刻による風速の違いをもとに、熱潮汐波の速度構造が今回初めて明らかになりました。研究グループによると、熱潮汐波は金星を東西方向へ1周するあいだに2つの波長を含むような速度成分(半日潮)を多く含んでおり、これが東西方向の運動量を高度方向へ運ぶことで、スーパーローテーションを維持していることが示唆されるといいます。
研究グループは、金星の風や雲頂の温度分布を昼夜の別なく観測できるようになったことで、様々な大気現象の時間変化を追跡することが可能になったと言及。金星の大気環境が維持される仕組みを知ることで、惑星が多様な姿に分かれるメカニズムの解明や、スーパーローテーションが生じている系外惑星の理解につながると期待を寄せています。
Image Credit: JAXA
Source: 東京大学 / JAXA
文/松村武宏