こちらはアメリカ航空宇宙局(NASA)のX線観測衛星「チャンドラ(Chandra)」が捉えた「MG B2016+112」と呼ばれるX線源(X線を強く放射する天体)の画像です。X線は人の目には見えないため、擬似的に着色されています。チャンドラを運用するスミソニアン天体物理観測所のチャンドラX線センターによると、この天体は地球から実に120億光年近く離れた遠方の宇宙(赤方偏移z=3.273)に存在しているのだといいます。
■2つの天体の像が重力レンズ効果を受けて3つに見えている画像のMG B2016+112は3つの天体から構成されているように見えますが、チャンドラの観測データを分析したハーバード・スミソニアン天体物理学センターのDaniel Schwartz氏らの研究グループによると、実際には超大質量ブラックホールのペアからなる二重の活動銀河核(AGN)か、もしくは1つの超大質量ブラックホールと噴出するジェットが観測されている可能性があるといいます。
2つのX線源が3つに見えているのは、地球とMG B2016+112の間に存在する別の銀河による「重力レンズ」効果の影響です。重力レンズ効果とは、遠くにある天体の像が手前にある天体の重力によって歪んで見える現象のこと。チャンドラX線センターによる次の解説図とあわせて説明すると、MG B2016+112の場合は片方の像が2つ(A、B)に分裂したことで合計3つになっており、もう片方の像(C)は重力レンズ効果がない場合と比べて300倍も明るくなっているといいます。
研究グループによると、重力レンズという天然の拡大鏡のおかげで、チャンドラによる短時間の観測でもMG B2016+112の複雑な構造が判明しました。重力レンズ効果がなければ、数百倍の時間をかけてもここまで詳しく構造を明らかにはできなかったとみられています。さらに長時間の観測を行うことで、MG B2016+112がブラックホールのペアなのか、それともブラックホールとジェットなのかを判別できる可能性があるといいます。
また、MG B2016+112の超大質量ブラックホールとみられる天体は、ビッグバンから20億年ほどしか経っていない初期の宇宙において成長の途上にあるとみられています。研究に参加したイタリア国立天体物理学研究所(INAF)のCristiana Spingola氏は、ビッグバンから数億年しか経っていない頃すでに太陽の数十億倍もの質量を獲得していたとみられる超大質量ブラックホールについて、急成長した謎を解き明かしたいと語っています。
冒頭のX線画像はチャンドラによる2000年4月12日の観測データから作成されたもので、チャンドラX線センターから2021年8月31日付で公開されています。
※記事中の距離は天体が発した光が地球で観測されるまでに移動した距離を示す「光路距離」(光行距離)で表記しています(参考:遠い天体の距離について|国立天文台)
関連:NASAの観測衛星「チャンドラ」が天王星から放射されたX線を初めて検出
Image Credit: Illustration: NASA/CXC/M. Weiss; X-ray Image (inset): NASA/CXC/SAO/D. Schwartz et al.
Source: チャンドラX線センター
文/松村武宏