こちらの画像、脳の神経細胞のようにも見えますが、実はシミュレーションで再現された宇宙の大規模構造を示しています。千葉大学の石山智明氏らの国際研究グループは、国立天文台の天文学専用スーパーコンピューター「アテルイII」(理論演算性能3.087ペタフロップス)の計算能力を活用し、暗黒物質(ダークマター)が作り出した宇宙の構造を世界最大規模のシミュレーションによって再現した「模擬宇宙」の作成に成功したことを発表しました。
この画像は、研究グループが「Uchuu」(日本語の「宇宙」より)と呼ぶ今回のシミュレーションで再現された、現在の宇宙に相当する模擬宇宙の一部を拡大したものです。色が明るい部分ほど暗黒物質が多く集まっていることを示しており、巨大な泡や蜘蛛の巣にたとえられる宇宙の大規模構造が見事に再現されています。
■空間の広さと精密さを両立させた模擬宇宙のシミュレーションが可能に宇宙には私たちが知覚している通常の物質(バリオン)と、通常の物質とは重力を介してしか相互作用しない暗黒物質が存在しています。発表によると、質量で比べれば通常の物質の5~6倍も存在しているとみられる暗黒物質は、138億年前に誕生した宇宙のわずかな密度のゆらぎをもとに集まって、「ハロー」と呼ばれる巨大な塊状の構造を形成。このハローに引き寄せられた通常の物質から恒星が誕生し、恒星が集まった銀河、銀河が集まった銀河団や大規模構造が形成されていったことで、私たちが知る現在の宇宙へと進化してきたと考えられています。
暗黒物質のハローが作り出した構造のなかで、銀河やブラックホールがどのようにして誕生したのか。その謎を解くための観測が国立天文台の「すばる望遠鏡」をはじめ世界中で進められており、たとえば今年12月に打ち上げ予定の宇宙望遠鏡「ジェイムズ・ウェッブ」も最初の世代の銀河を観測することが期待されています。
こうした実際の観測によって得られたデータから情報を引き出して検証するには、理論をもとにシミュレーションで再現された「模擬宇宙」が必要になるといいます。シミュレーションでは暗黒物質の密度ゆらぎを粒子として扱い、この粒子の間に働く重力を計算することで、ハローや大規模構造がいかにして形成・進化してきたのかが再現されます。
研究グループによると、シミュレーションにおける暗黒物質の粒子は数が多ければ多いほど広大な空間を表現することができ、質量が小さければ小さいほど模擬宇宙の構造を細かく分解できるといいます。ただ、従来のシミュレーションではスーパーコンピューターの計算能力が限られていたり、シミュレーションコードの性能が不十分だったりしたため、模擬宇宙の空間的な大きさか精密さのどちらかが不足しており、観測結果と直接比較するのが難しかったのだといいます。
今回行われたUchuuシミュレーションでは、国立天文台のアテルイIIに搭載されているCPUコア4万200個で並列計算を行うためにシミュレーションコードを最適化。一辺が96億光年の立体空間における2兆1000億体の暗黒物質粒子が作り出した模擬宇宙の大規模構造を再現することで、空間的な大きさと精密さを両立させることに成功し、小さな矮小銀河から巨大な銀河団に至るスケールの構造形成や進化を追うことが可能になったといいます。
こちらはUchuuシミュレーションで再現された模擬宇宙を背景に、冒頭の画像(左)の中心部分をさらに拡大した様子(中央上、右上)です。ここにはシミュレーションで形成された一番大きな銀河団サイズの暗黒物質ハローが存在しており、最も拡大した右上の画像は一辺が5000万光年に相当します。
また次の動画では、この暗黒物質ハローを中心とした領域において、初期宇宙のわずかな密度ゆらぎをもとにハローが成長して大規模構造が形成されていく様子が示されています。
▲Uchuuシミュレーションで再現された暗黒物質ハローの成長と大規模構造の形成▲
(Credit: シミュレーション:石山智明; 可視化:中山弘敬; 国立天文台4次元デジタル宇宙プロジェクト)
研究グループは全体で3ペタバイトに達するというUchuuシミュレーションのデータのうち、模擬宇宙における暗黒物質の構造形成・進化についての情報をまとめた約100テラバイトのデータをインターネット上で公開しています。宇宙の大規模構造の進化や、銀河・超大質量ブラックホール形成の解明を目指す研究において、このデータが幅広く役立つことが期待されています。
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Image Credit: 石山智明
Source: 国立天文台 / 千葉大学
文/松村武宏