こちらは「くじら座」の方向およそ40億光年先にある銀河団「MACS J0138.0-2155」、略して「MACS J0138」を撮影した画像です。数多くの銀河が集まるMACS J0138の周囲には2つの弧状の天体が写っていますが、これは別々の天体ではなく、MACS J0138よりもさらに遠い約100億光年先にある1つの銀河「MRG-M0138」の歪められた像です。
MRG-M0138がこのような形に見えているのは、遠くにある天体の像が手前にある天体の重力によって歪んで見える「重力レンズ」効果を受けているからです。この場合、MRG-M0138を発した光の進む向きが銀河団MACS J0138の重力によって曲げられることで、地球からは歪んで分裂した像に見えているというわけです。
今回、マサチューセッツ大学アマースト校のKatherine Whitakerさんたち研究グループから、MRG-M0138のような重力レンズ効果を受けた初期宇宙の銀河6個を「ハッブル」宇宙望遠鏡やチリの電波望遠鏡群「アルマ望遠鏡(ALMA)」を使って観測した結果が発表されています。ハッブル宇宙望遠鏡は銀河に存在する星々の詳細を明らかにし、アルマ望遠鏡は銀河に存在する塵が発した電波を捉えることで銀河に存在するガスの量を推測するのに貢献したといいます。
初期の宇宙には新しい星を生み出すのに必要なガスが豊富に存在していたと考えられています。研究グループによると、ビッグバンから30億年ほどしか経っていない頃の巨大な銀河には星の材料となる冷たい水素ガスがまだ大量に残っていたはずだといいますが、観測対象となった6つの銀河は何らかの理由で冷たいガスを使い果たしてしまい、新しい星を生み出す星形成活動が停止してしまったといいます。発表ではその様子が「ガス欠」と表現されています。
今回の研究では「重力レンズ」が天然の望遠鏡として働きました。研究グループによると、新たな星をあまり生み出さない銀河は暗く、その詳細を望遠鏡で観測するのは難しいといいます。しかし、高解像度の観測が可能なハッブル宇宙望遠鏡やアルマ望遠鏡と、銀河の像を拡大する重力レンズ効果を組み合わせることで、この問題が解決できたといいます。研究に参加したテキサス大学オースティン校のJustin Spilkerさんは「星形成活動が止まりかけている銀河が実際よりも大きく明るく見えることで、何が起きていて何が起きていないのかを知ることができるのです」と語ります。
研究グループの分析によって、6つの銀河では銀河内部のガスが枯渇したか、あるいは銀河から外部へとガスが除去されたために星形成が停まったことまではわかったものの、なぜそのようなことが起こったのかはまだわからないといいます。研究に参加したアリゾナ大学のChristina Williamsさんは「外部からのガスの供給が断たれたか、あるいは超大質量ブラックホールが膨大なエネルギーを注入して銀河内のガスを高温に保っているかのどちらかでしょう」と語ります。銀河中心のブラックホールがガスを加熱したために星が形成できなくなったのであれば、高温のガスが銀河内部にまだ残っている可能性もあります。
初期宇宙の巨大な銀河で何が星形成活動を左右していたのか、その謎は今後の観測と研究によって解き明かされるかもしれません。研究を率いたWhitakerさんは「この巨大な宇宙の怪物たちが約10億年の間に1000億個の星を形成した後、突然星の形成を停止したという事実だけでも、私たちにとってはぜひとも解明したい謎です」と語っています。
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Image Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO)/S. Dagnello (NRAO), STScI, K. Whitaker et al.
Source: 国立天文台 / NRAO / STScI
文/松村武宏