こちらは「しし座」の方向およそ3000万光年先にある棒渦巻銀河「NGC 2903」です。棒渦巻銀河とは、中心部分に棒状の構造が存在する渦巻銀河のこと。渦巻銀河全体のうち約3分の2には棒状構造があるとされていて、私たちが住む天の川銀河も棒渦巻銀河に分類されています。
画像に向かって左右に伸びる棒状構造や中心部分は数多くの星が集まっているために明るく輝いており、その周りには青い星々が目立つ渦巻腕が広がっています。渦巻腕を覆う暗い雲のようなものは塵が豊富なダストレーン(ダークレーン)で、そのあちこちには若い星が放つ紫外線によって電離した水素ガスが赤く輝くHII領域が分布しています。明と暗、青と赤のコントラストが、まるで宝石のように輝くNGC 2903の美しさを引き立てているかのようです。
この画像は「ハッブル」宇宙望遠鏡の観測装置「掃天観測用高性能カメラ(ACS)」と「広視野カメラ3(WFC3)」の観測データがもとになっていますが、ハッブルはこれまでにも何度かNGC 2903を撮影しています。たとえば次の画像はACSとWFC3が搭載されるよりも前の2001年に、「広域惑星カメラ2(WFPC2)」を使って撮影されたNGC 2903の姿です。
1990年に打ち上げられた当初のハッブル宇宙望遠鏡は、主鏡がわずかに歪んていたために予定されていた能力を発揮することができず、全部で5回実施されたスペースシャトルによるサービスミッションやソフトウェアのアップデートによって徐々に性能が向上していきました。WFPC2は1993年の最初のサービスミッションで取り付けられたものですし、ACSは2002年に、WFC3は2009年の最後のサービスミッションでWFPC2の代わりに取り付けられた観測装置です。
欧州宇宙機関(ESA)によると、WFPC2は可視光線と赤外線の波長を用いてNGC 2903を観測しましたが、20年後に取得された冒頭の画像には紫外線の波長を用いた観測データも含まれていて、画像の解像度も向上しているとのこと。かつてハッブル宇宙望遠鏡の主力カメラだったWFPC2で取得された画像と比べて、冒頭の画像ではより広い波長帯でより精細にNGC 2903の姿が捉えられているのです。打ち上げ後の整備を可能としたスペースシャトルと、今年で31周年を迎えたハッブル宇宙望遠鏡の長寿命ならではの成果と言えます。
冒頭の画像はハッブル宇宙望遠鏡のACSとWFC3による可視光線・近赤外線・紫外線の観測データから作成されたもので、ハッブル宇宙望遠鏡の今週の一枚「Hubble Experiences Déjà vu」(ハッブルが体験する既視感)としてESAから2021年10月25日付で公開されています。
関連:美しき渦巻銀河に導かれる小さな銀河の運命。相互作用銀河「Arp 86」
Image Credit: ESA/Hubble & NASA, L. Ho, J. Lee and the PHANGS-HST Team
Source: ESA/Hubble
文/松村武宏