身近なところでは歯磨き粉にフッ化ナトリウムなどの化合物(フッ化物)として添加されている「フッ素」(元素記号F、原子番号9)。ハートフォードシャー大学のMaximilien Francoさんを筆頭とする研究グループは、ビッグバンから十数億年しか経っていない初期の宇宙に存在していた銀河から予想外のレベルでフッ素が検出されたとする研究成果を発表しました。研究グループは、初期の宇宙にフッ素をもたらした可能性が最も高い天体を絞り込むことができたと考えています。
■初期の宇宙でフッ素をもたらしたのはウォルフ・ライエ星だった可能性が高まるこの宇宙が誕生した当初は水素、ヘリウム、わずかな比率のリチウムしか存在しておらず、金属(ここでは水素やヘリウムよりも重い元素の総称)は恒星内部の核融合反応、超新星爆発、キロノバ(中性子星どうしの合体にともなう爆発現象)などによって生成され、星の世代交代とともに増えていったと考えられています。
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しかし、これまでフッ素を主に生成した天体や現象は正確に突き止められてはいなかったといいます。Francoさんは「どの種類の星がフッ素の大部分を生成したのかさえ私たちは知らなかったのです」と語ります。研究グループによると、フッ素を生成した可能性がある天体や現象の候補としては、太陽のように比較的軽い恒星が晩年に進化した姿である「漸近巨星分枝」と呼ばれる段階の星や、寿命が数百万年と短命な大質量の恒星「ウォルフ・ライエ星」などが予想されてきたといいます。
研究グループは今回、チリの電波望遠鏡群「アルマ望遠鏡(ALMA)」を使用し、およそ124億年前の宇宙(赤方偏移z=4.4)に存在していた「NGP-190387」と呼ばれる銀河を観測しました。欧州宇宙機関(ESA)の宇宙望遠鏡「ハーシェル」によって発見されたNGP-190387は、地球との間にある別の銀河がもたらす重力レンズ効果によって光(電磁波)が増幅され、距離の割には明るく観測されるのだといいます。
アルマ望遠鏡の観測データを分析した研究グループは、NGP-190387の巨大なガス雲からフッ素の化合物であるフッ化水素を検出しました。恒星中心部の核融合反応で生成された元素は、その星の晩年に周囲へガスや塵として放出されます。NGP-190387はビッグバンから14億年ほど経った初期宇宙に存在していたため、フッ素を生成したのは寿命が短い星だったはずだと研究グループは指摘します。
また、検出されたフッ素の存在量は予想外だったようです。研究に参加したハートフォードシャー大学の小林千晶さんは「フッ素のレベルが天の川銀河に存在する星々と同程度になるまで、この銀河(NGP-190387)では数千万年から数億年しか掛からなかったことになります。この結果は全くの予想外でした。私たちの測定結果は、この20年間研究が続けられてきたフッ素の起源に新たな制約を加えます」と語ります。
この結果をもとに研究グループは、初期の宇宙にフッ素をもたらしたのは短命なウォルフ・ライエ星だった可能性が高いと考えています。軽い恒星が漸近巨星分枝の段階に差し掛かるには数十億年を要する場合もあるため、NGP-190387で検出されたフッ素の存在量を説明できない可能性があるといいます。ウォルフ・ライエ星以外の他の天体や現象によるフッ素の生成は、これよりも後の時代で重要だったのではないかと研究グループは言及しています。
冒頭でも触れたように、フッ素は虫歯の予防に効果的であるとして歯磨き粉に添加されている身近な元素でもあります。今回の成果についてFrancoさんはジョークを交えて「既知の天体のなかで最も大質量な恒星の一つであり、寿命が尽きると激しい爆発を起こす可能性があるウォルフ・ライエ星が、ある意味では私たちの歯の健康を保つ上で助けになっていると示すことができました」とコメントしています。
また、ヨーロッパ南天天文台(ESO)がチリのセロ・アルマゾネス山で建設を進めている次世代の大型望遠鏡「欧州超大型望遠鏡(ELT:Extremely Large Telescope)」による将来のNGP-190387の観測を通して、この銀河を形成していた星々に関する情報が得られることが期待されています。
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Image Credit: ESO/L. Calçada
Source: ESO
文/松村武宏