カリフォルニア工科大学のVikram Ravi助教授を筆頭とする研究グループは、過去に電波望遠鏡が取得した観測データを調べたところ、恒星がブラックホールに破壊される「潮汐破壊現象」によるものとみられる電波の増光が捉えられていたとする研究成果をアメリカ天文学会の第239回会合にて発表しました。研究グループによると、潮汐破壊はこれまでに約100件が捉えられているものの、電波で検出された候補は今回が2例目とされており、電波観測による潮汐破壊のさらなる検出に期待が寄せられています。
■約5億光年先の銀河で起きた潮汐破壊現象が捉えられていた可能性私たちが住む天の川銀河をはじめ、多くの銀河の中心には質量が太陽の数十万~数十億倍以上もあるような「超大質量ブラックホール」が存在すると考えられています。これらの銀河の中心では星々が超大質量ブラックホールを周回しているとみられており、天の川銀河の超大質量ブラックホールとされる「いて座A*」(いてざエースター、最新の研究によると質量は太陽の約430万倍)については1990年代から周辺の星々の動きが観測され続けています。
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ある程度ブラックホールから離れて周回するのであれば星は無事ですが、接近しすぎるとブラックホールの強い重力がもたらす潮汐力によって破壊され、細長く引き伸ばされながら飲み込まれてしまうと考えられています。これが「潮汐破壊」と呼ばれる現象です。
研究グループによると、破壊された恒星の残骸はブラックホールへ落下する際に降着円盤を形成して様々な波長の電磁波で輝いたり、場合によっては強い電波を放射するジェットをブラックホールが噴出したりするといいます。カリフォルニア工科大学の大学院生Jean Somalwarさん(今回の研究には不参加)は潮汐破壊について、銀河中心という極端な領域を明らかにするための非常に強力なツールだと語ります。
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【▲ 超大質量ブラックホールに引き裂かれながら飲み込まれていく恒星の様子(アニメーション)(Credit: ESO/M. Kornmesser)】
Raviさんによると、潮汐破壊はこれまで主に光学観測やX線観測で検出されてきたものの、従来の方法では塵に隠された潮汐破壊が検出できなかった可能性があるといいます。そこで研究グループは、アメリカ国立電波天文台(NRAO)の「カール・ジャンスキー超大型干渉電波望遠鏡群(VLA)」が数十年に渡り取得した電波観測のデータを精査しました。すると、1990年代中頃にはかなり明るかった「FIRST J153350.8+272729」(以下「J1533+2727」)と呼ばれる天体の電波での明るさが、2017年までに劇的に暗くなっていたことがわかったといいます。
手がかりを得た研究グループは、過去にグリーンバンク天文台で運用されていた電波望遠鏡「300フィート望遠鏡」(1988年11月に崩壊)による観測データを参照。その結果、J1533+2727の明るさが1986年と1987年にはさらに明るかったことが判明しました。1980年代中頃と比べると、J1533+2727の電波での明るさは500分の1まで暗くなっているといいます。
VLAによる新しい観測データも含めて分析を進めた研究グループは、過去に検出されたJ1533+2727における電波の増光は、潮汐破壊にともなって噴出した相対論的ジェット(光速に近い速度を持つジェット)を捉えたものではないかと考えています。潮汐破壊は「へび座」の方向およそ5億光年先にある銀河(SDSS J153350.89+272729.6、弱いセイファート2型の活動を示す)で発生したとみられており、恒星を破壊した可能性がある超大質量ブラックホールの質量は太陽の約4000万倍と推定されています。
Raviさんは、今回見つかった潮汐破壊候補J1533+2727のように電波で明るい潮汐破壊について、従来の予想よりも多く発生している可能性を指摘しています。また、研究に参加したトロント大学のHannah Dykaarさんは、今回のJ1533+2727を含む電波で検出された2件の潮汐破壊候補が見つかった銀河は、これまで潮汐破壊が一番多く見つかってきたタイプの銀河ではなかったとコメント。発生する銀河の種類やその数といった謎を解き明かすためにも、電波観測による潮汐破壊の検出に期待を寄せています。
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Image Credit: Sophia Dagnello, NRAO/AUI/NSF
Source: カリフォルニア工科大学
文/松村武宏