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2020年に発見が報告された「1000光年先のブラックホール」は存在しなかった

sorae.jp 2022年3月4日 21時33分

【▲ 連星「HR 6819」の想像図。外層のガスを失ったB型星(奥)と、高速で自転するBe型星(手前)が描かれている(Credit: ESO/L. Calçada)】

ルーヴェン・カトリック大学(KU Leuven)のAbigail Frostさんを筆頭とする研究グループは、南天の「ぼうえんきょう座」(望遠鏡座)の方向約1000光年先にある連星「HR 6819」を観測した結果、2020年に発見が報告された恒星質量ブラックホールらしき天体は存在しないとする研究成果を発表しました。今回の研究には2年前にブラックホールの発見を報告したヨーロッパ南天天文台(ESO)のThomas Riviniusさんも参加し、自身が率いた研究グループによる報告の検証を行っています。

■異なる仮説を立てた2つの研究グループが共同で観測を実施

【▲ ぼうえんきょう座で輝く「HR 6819」(中央)とその周辺の様子(Credit: ESO/Digitized Sky Survey 2. Acknowledgement: Davide De Martin)】

HR 6819は肉眼でも見える5等星で、太陽よりも重く青いB型星およびBe型星(※)から成る連星です。Riviniusさん率いる研究グループは2020年5月、HR 6819には質量が太陽の4.2倍以上ある恒星質量ブラックホールとみられる天体が存在しており、HR 6819は実際には三重連星であるとする研究成果を発表していました。

※…Be型星はB型星の一種で、スペクトルに水素の輝線(emission line)が示される特徴を持つことから「B」の後に「e」が付与されています。

関連:肉眼でも見られる連星にブラックホールを発見。地球からおよそ1000光年先

Riviniusさんたちが用いたのは、HR 6819の分光観測のデータでした。天体のスペクトル(波長ごとの電磁波の強さ)を得る分光観測を行うと、様々な原子や分子が特定の波長の電磁波を吸収したことで生じる暗い線「吸収線」や、反対に特定の波長の電磁波を放つことで生じる明るい線「輝線」を見ることができます。例えるなら虹のアーチから明るい線や暗い線の細いアーチを探すようなイメージです。

ESOによると、連星であるHR 6819のスペクトルには様々な幅の輝線や吸収線が現れており、その一部は時間とともに動く様子がみられるといいます。このうち、幅が広くて動かない吸収線はBe型星に由来します。Be型星は高速で自転していて、赤道の周囲には星から放出された高温ガスが円盤を形成しているとみられています。高温ガスからの放射はHR 6819のスペクトルに輝線として現れています。

いっぽう、幅が狭くて動く吸収線はB型星に由来します。吸収線は約40日周期で動いており、B型星が「何か」の周りを約40日ごとに1周していることを示しています。Riviniusさんたちはこの動きをもとに、B型星がブラックホールとみられる天体を周回していると考えたのです。

【▲ ESOによるHR 6819のスペクトル(上段)と2つの仮説(中段、下段)の概要図(英語)。中段はブラックホールありの仮説、下段はブラックホールなしの仮説を示す(Credit: ESO/J. C. Munoz-Mateos, D. Catricheo)】

しかし、当時ルーヴェン・カトリック大学の博士課程学生だったJulia Bodensteinerさん(現在はESO)はHR 6819の研究成果に触れた際に、別の仮説を立てました。Riviniusさんたちは、約40日周期で周回し合うB型星およびブラックホールのペアは、Be型星から離れていると考えていました。これに対しBodensteinerさんは、B型星はBe型星の近くを約40日周期で公転しており、HR 6819にブラックホールは存在しないと予想したのです。

そこで、ルーヴェン・カトリック大学の研究グループは、ESOの科学データアーカイブで公開されているRiviniusさんたちのデータを独自に分析。その結果、Be型星に由来する吸収線も、B型星と同じ周期でごくわずかに動いていることが見出されました。

ただ、HR 6819を成すB型星とBe型星が同程度の質量であれば、吸収線の動きも同程度に現れるはずです。同大学の研究グループは、B型星の大気を構成するガスがBe型星に移動することでB型星が質量の大半を失った(B型星からBe型星に質量が移動した)と仮定すれば、観測結果を説明できると考えました。

HR 6819にブラックホールはあるのか、それともないのか。その謎を解くために、2つの研究グループは手を取り合います。ESOとルーヴェン・カトリック大学の研究者が合流した共同研究グループは、チリのパラナル天文台にあるESOの「超大型望遠鏡(VLT)」を使用し、HR 6819の詳細な観測を実施しました。

【▲ VLTのMUSEで観測されたHR 6819。ブラックホールありの仮説ではB型星が白い円よりも外側にあるはずだが、観測結果は円の外側に明るい星がないことを示している(Credit: Frost et al.)】

ブラックホールがあると仮定した場合、B型星はBe型星から一定以上離れているはずです。しかしVLTの広視野面分光観測装置「MUSE」による観測では、Be型星から離れたところに明るい星がないことが確認されました。

いっぽう、VLTを構成する口径8.2mの望遠鏡4基を連動させた「VLT干渉計(VLTI)」の観測装置「GRAVITY」による観測では、Be型星とB型星が地球から太陽までの距離の3分の1程度しか離れていないことが示されました。この結果をもとに研究グループは、HR 6819にブラックホールは存在しないと結論するに至りました。

研究グループによると、HR 6819ではB型星からBe型星へとガスが移動した直後の様子が観測されているようです。共同研究を率いたFrostさんは「このような相互作用後の段階はごく短期間であるため、捉えるのが非常に難しいのです」と語ります。たとえブラックホールが存在しないとしても、連星の進化を研究する上でHR 6819は興味深い研究対象になると期待されています。

【▲ 連星「HR 6819」の想像図(動画)】
(Credit: ESO/L. Calçada)

 

関連:超大質量ブラックホールを隠すリング構造。M77の観測結果が活動銀河核の理論を裏付け

Source

Image Credit: ESO/L. Calçada ESO - “Closest black hole” system found to contain no black hole ESO blog - The case of the missing black hole Frost et al. - HR 6819 is a binary system with no black hole

文/松村武宏

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