名古屋市立大学大学院の三浦均准教授を筆頭とする研究グループは、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の小惑星探査機「はやぶさ2」がサンプル採取に成功した小惑星「リュウグウ」(162173 Ryugu)の起源に関する新たな研究成果を発表しました。研究グループによると、「リュウグウはかつて彗星だった」とすれば、リュウグウの様々な特徴をうまく説明することができるといいます。
■リュウグウの特徴「ラブルパイル天体」「そろばん玉の形状」「有機物に富む」をすべて説明可能リュウグウは地球と火星の公転軌道の間を公転している直径約900mの小惑星です。2019年にJAXAの「はやぶさ2」がリュウグウで2回のサンプル採取を実施し、2020年12月にサンプルが収められたカプセルを地球へ届けることに成功しました。
「はやぶさ2」による観測データやサンプルの初期段階での分析の結果から、リュウグウには液体の水による変質作用を受けた鉱物が存在しており、有機物に富んでいることも明らかになっています。
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リュウグウは瓦礫がゆるく集積することで形成された「ラブルパイル天体」とされています。“硬い岩石の塊”ではなく“瓦礫の寄せ集め”であるリュウグウがどのように形成されたのかについて、従来は「リュウグウの母天体(元になった天体)に別の天体が衝突した際の破片が集まってできた」と考えられてきました。
また、リュウグウの外見は「そろばん玉」や「コマ(独楽)」に例えられる、赤道部分の標高が高い形状をしています。この形状は高速自転にともなう遠心力によって瓦礫が徐々に赤道付近へ移動した結果か、あるいは形成の早い段階からだった可能性がこれまでに指摘されています。
そのいっぽうで、リュウグウはかつて彗星であり、氷が揮発して失われたことで現在のような姿になったとする「彗星起源説」も提唱されています。研究グループは今回、比較的単純な物理モデルを用いた数値シミュレーションを通して、リュウグウの形成過程とその特徴が彗星起源説で説明できることを示しました。
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研究グループによると、彗星核は主に水や二酸化炭素などの氷でできていて、その中に塵が含まれています。太陽に近付いて熱せられた彗星核では氷が揮発し、彗星核のサイズは徐々に小さくなっていきます。太陽への接近を繰り返すうちに彗星核からは氷が失われ、やがて岩石でできた塵だけが残ることになります。
今回の分析の結果、彗星核が200ケルビン(摂氏マイナス73度)まで加熱される場合、内部の氷は数万年程度の期間でほぼ全て失われ、岩石を主成分とするラブルパイル構造の小惑星になることが示されたといいます。彗星起源説でもリュウグウの特徴の一つ「ラブルパイル天体である」ことを説明できるというわけです。
また、氷の揮発にともなう彗星核の収縮によって、最終的な自転速度が約4倍まで加速されることも明らかになったといいます。発表では「フィギュアスケーターが広げた腕を自身の身体に巻き付けることによってスピンアップするのと同様」と表現されています。
研究グループによると、現在の太陽系における彗星の典型的な自転周期は約12時間とされています。後にリュウグウとなる彗星が同程度の自転周期だったと仮定した場合、氷が昇華して失われた後の自転周期は約3時間に短縮されることが考えられます。
研究グループによれば、高速自転にともなって“そろばん玉”の形状へ変形するのに必要な自転周期は3.5時間。分析の結果示された自転周期はこれよりも短く、変形に必要な自転周期の条件を満たすことになります。つまり、リュウグウのもう一つの特徴「そろばん玉のような形をしている」ことは、氷の昇華にともなう自転周期の短縮で説明できるというわけです。
なお、現在のリュウグウの自転周期は、約3時間という前述の予想よりも長い約7.6時間です。この違いについて研究グループは、リュウグウへの隕石衝突やYORP(ヨープ)効果(※)などのメカニズムによって長くなったと想定しています。
※…太陽に温められた天体の表面から放射される熱の強さが場所によって異なることで、天体の自転周期が変化する効果のこと。“YORP”は先駆的な研究を行った4人の研究者の頭文字から
加えて、彗星核には星間空間に存在していた有機物が含まれており、その一部は氷が昇華した後も留まることが考えられるといいます。前述のように、リュウグウは有機物に富むことが明らかになっていますが、この特徴も彗星起源説で説明できることになります。
そろばん玉のような形をしたラブルパイル天体はリュウグウだけではありません。アメリカ航空宇宙局(NASA)の小惑星探査機「OSIRIS-REx(オシリス・レックス、オサイリス・レックス)」がサンプルを採取した小惑星「ベンヌ」(101955 Bennu、直径約500m)もまた同様の形をしています。
今回の成果について研究グループは、リュウグウやベンヌのように「そろばん玉の形をした有機物に富むラブルパイル天体」が「彗星・小惑星遷移(CAT:Comet–Asteroid Transition)天体」である可能性を示すものだとしています。彗星・小惑星遷移天体とは、かつては彗星だったものの、活動を止めて小惑星と見分けがつかくなった天体のことです。
「はやぶさ2」が持ち帰ったサンプルは、現在分析が進められています。研究グループは、今回示されたリュウグウの理論モデルとサンプルの分析結果を比較検討することで、太陽系における物質の起源や進化についての理解を飛躍的に進歩させられると期待しています。
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Image Credit: JAXA, 東京大, 高知大, 立教大, 名古屋大, 千葉工大, 明治大, 会津大, 産総研, Okada et al., Miura et al., ESA 名古屋市立大学 - 小惑星リュウグウがかつて彗星であった可能性を理論的に指摘 岡山大学 - 小惑星リュウグウがかつて彗星であった可能性を理論的に指摘〜小惑星探査機「はやぶさ2」が採取した小惑星物質の起源解明へ〜 Miura et al. - The Asteroid 162173 Ryugu: a Cometary Origin文/松村武宏