東京大学大学院博士課程学生の谷口大輔さんを筆頭とする研究グループは、2019年から2020年にかけて大幅な減光が観測されたオリオン座の1等星・赤色超巨星「ベテルギウス」について、大減光の原因は「ベテルギウス周辺で形成された塵の雲」と「ベテルギウスの表面温度低下」の両方だったとする研究成果を発表しました。研究を支えたのは日本の気象衛星「ひまわり8号」が取得した画像です。
■ひまわり8号の画像に写り込んだベテルギウスの4年半に渡る光度曲線を取得ベテルギウスは約420日周期で明るさが変わる脈動変光星(膨張と収縮を繰り返すことで明るさが変化する変光星の一種)として知られていますが、2019年の終わり頃から2020年の初め頃にかけて観測された「大減光」では1.6等まで暗くなりました。赤色超巨星はいずれ超新星爆発を起こすと考えられていることから、この大減光は近いうちにベテルギウスの爆発が観測される兆候ではないかとして注目を集めました。
2014年10月7日に打ち上げられた「ひまわり8号」は、高度約3万6000kmの静止軌道から地球の画像を10分間隔で取得しています。気象観測が目的ではあるものの、取得された画像には地球の縁のすぐ外側が写り込んでいるため、その方向に見えた月、惑星、明るい恒星も捉えられることがあるといいます。
そこで谷口さんたちは、ベテルギウスが写り込んだ「ひまわり8号」の画像に注目。2017年1月から2021年6月にかけての画像を分析したところ、可視光線から中間赤外線(0.45~13.5μm、ひまわり8号が観測している16の波長帯すべて)におけるベテルギウスの4年半に渡る光度曲線(時間の経過にあわせて変化する天体の光度を示した曲線)を取得することに成功しました。
光度曲線が取得された4年半には、ベテルギウスが大減光した時期も含まれています。分析の結果、ベテルギウスの表面温度が摂氏約140度低下したことと、周辺のガスが凝集することで形成された塵の雲によって地球から見たベテルギウスの一部が隠されたことの両方が大減光の原因であり、どちらも同じくらいの割合で関わっていた可能性が高いと研究グループは結論付けました。
ベテルギウスの大減光を巡っては、これまでにも「ベテルギウスの一部を隠した塵の雲」が原因だとする説と「ベテルギウスの表面に生じた黒点(恒星黒点)がもたらした温度低下」が原因だとする説が提唱されていました。1年前の2021年6月には、表面温度の低下にともなって形成された塵の雲が原因だったとする研究成果をMiguel Montargèsさん(パリ天文台/ルーヴェン・カトリック大学)を筆頭とする研究グループが発表しています。
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「ひまわり8号」の画像を使ってベテルギウスの活動を分析した今回の研究成果は、気象衛星を「宇宙望遠鏡」として活用できる可能性も示すものとなりました。
地球の大気は可視光線、電波、一部の赤外線など限られた波長域の電磁波だけが通過できるため、X線などの波長域は地上の望遠鏡では観測することができません(大気の影響が小さい波長域は「大気の窓」とも呼ばれています)。いっぽう、大気に吸収されてしまう波長域の電磁波は宇宙望遠鏡を使えば観測できますが、その開発と運用には地上の望遠鏡と比べて多額の費用が掛かります。研究グループは、特に中間赤外線での高頻度な観測データを得られる「ひまわり8号」の利点に言及。気象衛星など天文学以外の目的で打ち上げられた人工衛星によって、地上の望遠鏡や宇宙望遠鏡のデメリットを克服できる可能性があると指摘しています。
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Image Credit: Taniguchi et al.; ESO/M. Montargès et al. Taniguchi et al. - The Great Dimming of Betelgeuse seen by the Himawari-8 meteorological satellite文/松村武宏