わたしたちは自らを取り囲む自然環境を考えるとき、多くの人は大気や海(水)を思い浮かべるにちがいありません。それに比べて「土」の存在は忘れられがちです。しかし、人類を養う食料生産の中心を担っている農業は、土壌の上に成り立っています。今後、宇宙開発がさらに進展し、宇宙での農業が実用化されるに従って、土壌の重要性があらためて注目を浴び、実用化の鍵を握る可能性があります。
先月(2022年5月)NASAの資金援助により、米国の研究チームが「レゴリス」と呼ばれる月面の土壌を用いて植物の栽培に成功したと報じられました。研究成果は「communications biology」誌に発表されました。
レゴリスとは、月や火星、小惑星など、固体の天体表面に存在する岩石が砕かれて生成された、さまざまなスケールの粒子の堆積層や砂状物質のこと。この研究で用いられたレゴリスは、アポロ計画の時代、宇宙飛行士が月面で採取し持ち帰り保存されていた貴重なサンプルです。
この研究は、アルテミス計画など、月や火星での長期滞在を見据えたもので、宇宙農業の実用化の端緒となる可能性を秘めています。
実験に用いられた植物である「シロイヌナズナ」はユーラシア大陸やアフリカ原産で、ブロッコリー、カリフラワーと同じアブラナ科に属しています。サイズが小さく、成長しやすいため、世界で最も研究されている植物の1つであり、植物学分野の研究などで「モデル生物」として使用されています。
今回の研究では、レゴリスとともに、対照群として地球上の火山灰も用いられました。土壌には毎日栄養溶液(養液)が添加され、2日後にはレゴリスでも火山灰でも植物が発芽しました。レゴリスすなわち地球外の月面物質での発芽は研究者たちを驚かせました。
しかし、6日後以降は火山灰に比べてレゴリスを用いた植物は発育不全を示しはじめたとのこと。その後の遺伝子解析の結果、レゴリスで栽培した植物はストレス反応を示していることが確認されました。これは塩類や重金属の多い土壌など、過酷な環境に曝されたときに起こる反応と同様だと言います。
それでも、この研究は、さらなる研究に向けて大きな進展だと言えるでしょう。植物がレゴリスでの成長に適応するための必要な遺伝子を解明することや、月のレゴリス研究は、火星の土壌研究への扉を開くことにもつながると考えられます。
一方、アルテミス計画に参加を表明している日本では、2022年2月に、株式会社大林組と、株式会社TOWINGが共同で「月の模擬砂」と有機質肥料を用いた植物栽培を実証実験し、コマツナの栽培に成功したと発表しました。
プレスリリースによると、大林組がJAXAなどとともに実施している「月の砂をマイクロ波やレーザーを用いて建材化する技術開発」と、TOWINGが保有する「無機の多孔体を設計する技術」「国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構が開発した人工的に土壌化を行う技術を活用し、有機質肥料を用いた人工土壌栽培を可能にするノウハウ」を組み合わせた技術の成果とのこと。
「多孔体」とは小さな凹凸がたくさんある素材のことで、「土壌化」とは「砂の中に土壌微生物を固定化して、有機質肥料を植物の吸収しやすい無機養分に分解できるようにすること」を指しています。
つまり、月の砂(土壌)を野菜などの植物栽培が可能な土壌とするための技術を開発し、宇宙農業の実現に向けた一歩を踏み出した成果と言えるでしょう。
この技術の特徴として、第一に、糞尿や食品の残りかすなど有機性廃棄物を循環利用するため、化学肥料を地球から運搬したり、宇宙で製造したりする必要がなくなります。結果的に効率的に植物が生産され、持続可能な農業が実現できることになります。
また、月の模擬砂をマイクロ波で加熱焼成し製造される、土壌となる多孔体は、製造過程での回収率が高いため、宇宙では無駄にできないエネルギー資源を有効に活用できます。
さらに、土壌由来の微生物を利用するなど、土壌で育てる条件に近いため、根菜類や大きな作物などの栽培も可能であり、今後は人間の感性に訴える多様な食味を再現していきたいとのことです。
今後、宇宙農業は宇宙開発で最も魅力的な分野になるのではないでしょうか。しかしながら、米国と日本、どちらの技術も宇宙のみをターゲットとしているわけではありません。地球上の食料不足や土壌劣化の改善に対しても貢献できると考えられています。これからは新規技術のみならず、多様な人材の参入やチャレンジにも期待したいものです。
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Image Credit: UF/IFAS photo by Tyler Jones, TOWING NASA / communications biology / TOWING / S-NET文/吉田哲郎