アメリカ航空宇宙局(NASA)は6月1日付で、火星探査機「MAVEN(メイブン)」が約3か月ぶりに科学観測を再開したと発表しました。NASAによればMAVENは一時通信が途絶したものの、重圧の下で解決に取り組んだ運用チームの貢献によって今回の難局を乗り切っており、今後もミッションの継続が期待されています。
MAVENは火星の上層大気と電離層、それに太陽や太陽風と大気の相互作用を調べるために打ち上げられた周回探査機です。宇宙空間へと失われていく火星の大気を調べることで、火星の大気と気候、かつて火星の表面にあったとされる液体の水、火星の生命居住可能性といった歴史についての洞察を得ることがミッションの狙いとされています。
発表によると、2022年2月22日、探査機に搭載されている慣性計測装置(IMU:Inertial Measurement Unit)の定期的なパワーサイクル(電源を切ってすぐに入れ直す操作)を運用チームが予定通り行った後に、MAVENと地球の通信が途絶してしまいました。IMUは探査機の加速度と回転速度を計測するための装置で、MAVENにはプライマリ(メイン)の「IMU-1」とバックアップの「IMU-2」が搭載されています。この時パワーサイクルが行われたのはIMU-1でした。
通信回復後に送られてきたデータを確認したところ、MAVENのシステムは一時的にIMU-1とIMU-2のどちらからも情報を得ることができなくなっていたようです。システムによって自動的にコンピューターが再起動されたものの状況は変わらず、最終的にコンピューターが自動的にバックアップへ切り替えられた段階で、IMU-2から正確な読み取り値が得られるようになりました。MAVENはセーフモードに入り、科学観測や他の探査機・探査車のための通信中継を休止して、地球からの指示を待つ状態になっていました。
MAVENの製造を担当したロッキード・マーティンでMAVENチームのリーダーを務めるMicheal Haggardさんは「バックアップコンピューターにたどり着くまでに、MAVENは78分間に渡ってIMU-1の問題解決を試みていました」と語ります。しかし、問題はこれで解決したわけではありませんでした。
2013年11月に打ち上げられ、2014年9月に火星を周回する軌道へ入ったMAVENのミッションは、当初1年間の予定でした。2022年6月までにミッションは何度も延長されていて、2022年4月には5回目のミッション延長が発表されたばかりです。
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当初の予定を大幅に超えて運用されているMAVENのIMUには劣化の兆しが現れていて、IMU-1は過去に異常を示したことがあり、IMU-2は寿命を終えつつあることがすでにわかっています。そこで、運用チームはIMUが劣化した周回探査機の標準的な対処方法として、星だけを頼りにするオールステラ(all-stellar)モードの開発を進めていて、2022年10月から航法システムをオールステラに移行することになっていました。
IMU-2は今回のトラブルを切り抜ける鍵となりましたが、その寿命は10月よりも前に尽きてしまうと予想されていたことから、ロッキード・マーティンではオールステラモードの開発が急がれることになりました。同社のチームは予定よりも5か月早くソフトウェアを完成させ、4月19日にMAVENへ送信。どうしてもIMUを必要とする場面に備えて寿命を温存するために、IMU-2の電源は直ちにオフに切り替えられました。
ソフトウェアの送信にあわせて、MAVENのセーフモードは解除されました。観測機器の電源も入れられて正常であることが確認されたものの、オールステラモードの試験中はハイゲイン(高利得)アンテナを地球に向けることが優先されたため、MAVENの科学観測と通信中継が本格的に再開されたのは2022年5月28日となりました。
航法システムのオールステラモードへの移行に成功したことで、MAVENはさらに長期間ミッションを続けることができると期待されています。MAVENの主任研究員を務めるカリフォルニア大学バークレー校のShannon Curryさんは、MAVENは2020年代の終わりまで引き続き科学的知識をもたらし、通信の中継役として機能するでしょうとコメントしています。
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Image Credit: NASA NASA - NASA’s MAVEN Spacecraft Resumes Science & Operations, Exits Safe Mode文/松村武宏