カリフォルニア大学ロサンゼルス校の博士課程学生Tyler Horvathさんを筆頭とする研究チームは、月で発見された縦孔に関する新たな研究成果を発表しました。研究チームによると、一部の縦孔では内部の永久影(太陽光が届かない範囲)に覆われている部分が比較的快適な温度に保たれているといい、将来の月面探査や基地建設に役立てられる可能性があるようです。
■縦孔内部の永久影の温度は摂氏約17度でほぼ一定か宇宙航空研究開発機構(JAXA)の月周回衛星「かぐや」(2007年9月打ち上げ、2009年6月運用終了)の観測によって発見されたマリウス丘の縦孔(直径、深さともに約50mと推定)をはじめ、月面では幾つもの縦孔が見つかっています。Horvathさんによると、これまでに200か所以上で見つかっている月の縦孔のうち16か所は、溶岩洞(溶岩洞窟、溶岩チューブ)の天井が崩落したことで形成されたと考えられています。
溶岩洞は溶岩が流れた時に形成されることがあるトンネル状の地形で、国内では天然記念物に指定されているものもあります。月にも溶岩洞が現存すると考えられていて、たとえば「かぐや」が発見したマリウス丘の縦孔につながる溶岩洞は数十kmの長さがあるとみられています。ちなみに溶岩洞の天井が崩落してできた縦孔と思われる地形は、月だけでなく火星でも見つかっています。
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アメリカ航空宇宙局(NASA)によると、大気がほぼ存在しない月の表面では昼夜の温度差が大きく、昼間は摂氏約127度まで上がり、夜間は摂氏マイナス約173度まで下がるといいます。月では約15日間ずつ続く昼と夜の極端な温度にどう対応するのかは、長期間の月面探査ミッションや、将来の恒久基地建設における課題の一つと言えます。
そこで注目されているのが月の溶岩洞です。溶岩洞の内部は直射日光にさらされることがないため、月面と比べて比較的安定した温度が保たれている可能性があるからです。
今回Horvathさんたちは、溶岩洞につながっている可能性がある「静かの海」の縦孔(冒頭の画像。直径約100m、深さは約100mと推定)に焦点を当てて、月の岩石やレゴリス(月の砂)の温度特性や、時間とともに変化する縦孔内部の温度を知るために、コンピューターモデルを構築して分析を行いました。
研究チームによる分析の結果、縦孔の内部で永久影に覆われている部分の温度は月の1日を通してほとんど変化せず、摂氏約17度という比較的快適な温度に保たれていることがわかったといいます。昼夜で摂氏約300度もの温度差がある月の表面とは大きな違いです。また、縦孔からつながっていると予想される溶岩洞の内部も、同じ温度に保たれている可能性があるようです。
ただし、縦孔の内部でも太陽光に照らされる底の部分だけは昼間の温度が高くなり、月の赤道に近い静かの海の縦孔の底では摂氏147度を上回るとみられています。Horvathさんは、正午の太陽光に照らされた静かの海の縦孔の底は「おそらく月全体で最も暑い場所です」と語っています。
なお、2020年9月には、月の縦孔の底やそこから水平に広がる地下空間では、宇宙放射線の被ばく線量を減らすことができるとする研究成果が発表されています。将来の月面活動では、縦孔からアクセスできる溶岩洞が基地建設の「一等地」として積極的に活用されるようになるかもしれません。
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Image Credit: NASA/GSFC/Arizona State University NASA - NASA’s LRO Finds Lunar Pits Harbor Comfortable Temperatures文/松村武宏