太陽系の惑星は現在8個ですが、9個目の惑星が存在するかもしれない、とする説があります。これは2006年に惑星から準惑星へと分類が変更された冥王星のことではありません。現在未発見であるこの惑星は、仮称として「プラネット・ナイン」と呼ばれています。この説が唱えられたのは、太陽系外縁天体が多数見つかった事に起因します。
太陽から非常に離れた公転軌道を持つ太陽系外縁天体は、非常に細長い楕円形をしています。この軌道の遠日点 (太陽から最も遠くなる位置) の分布を調べると、その位置に統計学的な偏りがあるという事が近年明らかとなりました。
プラネット・ナインは、この太陽系外縁天体の軌道分布の偏りを説明するために提唱された惑星質量天体です。
もしも太陽から非常に遠い場所にプラネット・ナインがある場合、その重力によって周辺の天体の軌道が乱されます。ある天体は太陽に近づき、別の天体は太陽系から飛び出したかもしれません。結果として、プラネット・ナイン周辺では他の天体が一掃され、残った天体が現在の軌道分布の偏りとして観察されたのではないか、という訳です。
さて、もしもプラネット・ナインが実在するのであれば、現在まで探索の目を逃れていなければなりません。
プラネット・ナインは太陽から極めて遠い軌道を公転していると推定されているため、可視光線ではなく赤外線で探索されています。これは、プラネット・ナインが重力によりわずかに収縮し、自ら赤外線を放射していると考えられているためです。
アメリカ航空宇宙局(NASA)の広視野赤外線探査機「WISE」の観測では、プラネット・ナインの質量は海王星の質量 (地球の17倍) より大きくはないと推定されています。また、軌道に関するシミュレーションでは、プラネット・ナインの質量は地球の5倍から10倍、最も妥当な値は5倍程度と推定されていることから、今もまだ赤外線望遠鏡による探索を逃れている可能性があります。
オープン大学のChris Sedgwick氏とStephen Serjeant氏の研究チームは、2つの赤外線天文衛星のデータを使ってプラネット・ナインの探索を試みました。1つはNASA、オランダ航空宇宙計画局 (NIVR) 、イギリスの理工学研究評議会 (SERC) が共同開発して1983年に打ち上げた「IRAS」のデータ、もう1つは日本の宇宙航空研究開発機構 (JAXA) が2006年に打ち上げた「あかり」のデータです。
2つの赤外線天文衛星を使って取得されたデータは撮影期間に約23年半の間隔がありますが、これが今回の研究のカギとなります。
天体の公転速度は、中心にしている天体から離れるほど遅くなります。また、空を見上げた時の天体の見かけの位置の変化も、一般的に地球から離れるほど遅くなります。このため、数年程度の観測では、極めて遠くにあるプラネット・ナインの見た目の位置はほとんど動きません。しかし、今回は観測した期間が20年以上離れていることから、プラネット・ナインの見た目の位置が移動している可能性があるのです。
今回の研究ではデータの精度の限界から、研究チームは観測可能な距離の上限を8000au (1兆2000億km) 、下限を700au (1040億km) としました(※)。そして、2つの赤外線天文衛星で撮影された赤外線天体について、その明るさとスペクトルのエネルギー分布から、この天体が惑星であると仮定した場合の質量と、太陽からの距離を推定しました。
※…1au(天文単位)=約1億5000万km、太陽から地球までの平均距離に由来
その結果、なんと535個にもなる惑星候補天体が見つかりました! そのほとんどは海王星の質量とほぼ同じか若干小さく、推定される太陽からの距離は1000au (1500億km) 以下でした。これは、プラネット・ナインが存在する可能性のある範囲の一部と一致します。では、これらの中にプラネット・ナインはあるのでしょうか?
残念ながら、研究チームは535個の惑星候補の中にプラネット・ナインが含まれる可能性は低いと見ています。
今回見つかった惑星候補天体のほとんどは、「銀河巻雲 (Galactic cirrus) 」と呼ばれる天体の位置と一致するか、その近くにあります。銀河巻雲はもやもやとした構造を持つ星間雲であり、遠赤外線を放射しています。
今回見つかった惑星候補は、どれも銀河巻雲そのものか、その近くにある天体から放射された赤外線が捉えられたにすぎないと考えられます。銀河巻雲の外に位置する惑星候補天体も2つありますが、これはより長い波長の赤外線を捉えるあかりのデータをもとに、やはり銀河巻雲由来の赤外線である可能性が高く、惑星ではないと結論付けられています。
結局のところ、今回の研究では残念ながらプラネット・ナインの発見には至りませんでしたが、これは裏を返せば、プラネット・ナインが存在する範囲を絞り込む事ができた、ということでもあります。今回の研究により、プラネット・ナインの質量は土星より小さく、距離が1000auを超える可能性はほとんどない事が示されました。
プラネット・ナインは太陽系外縁天体の軌道分布の偏りを説明する1つの可能性であり、サンプルの偏りや別の力学的メカニズムなど、他の原因で説明できる可能性も十分に考えられます。今回のような研究が続けられる事で、いずれはプラネット・ナインの可能性が除外されるかもしれませんし、あるいはプラネット・ナインそのものの発見へとつながることになるかもしれません。
Source
Chris Sedgwick & Stephen Serjeant. “Searching for giant planets in the outer Solar System with far-infrared all-sky surveys” (arXiv; astro-ph.EP) Brian Koberlein. “Planet 9 is Running out of Places to Hide”. (Universe Today) Kimm Fesenmaier. “Caltech Researchers Find Evidence of a Real Ninth Planet”. (California Institute of Technology)文/彩恵りり