東京大学大学院理学系研究科天文学専攻博士課程の大学院生である紅山仁さんらの研究グループは、東京大学木曽観測所の口径105cmシュミット望遠鏡に搭載されている可視光広視野動画カメラ「トモエゴゼン(Tomo-e Gozen)」を用いて直径100m以下の微小小惑星60天体(研究グループが発見した23天体を含む)の観測を実施し、そのうち32天体の自転周期を推定することに成功したとする研究成果を発表しました。
近年、掃天観測プロジェクトによって地球に接近する軌道を持つ「地球接近小惑星」(NEO:Near Earth Object、地球接近天体)が多数発見されています。地球接近小惑星とは、太陽に最も近づく近日点距離が1.3天文単位以下の小惑星を指します。日本の小惑星探査機「はやぶさ」や「はやぶさ2」が探査した小惑星「イトカワ」や「リュウグウ」も、地球接近小惑星に分類されています。
地球接近小惑星は、研究対象として探査機がアクセスしやすいというメリットがある一方で、地球に衝突して人類に被害をもたらす可能性があるため、小惑星から地球を守るという観点からも重要な観測対象となっています。研究グループによると、今回観測した微小小惑星の多くも、地球から月まで距離の3倍以内という極めて地球に近い領域を通過する天体だったといいます。
太陽光を反射することで光って見える微小小惑星は、地球に接近して明るく見える数時間から数日の短い期間でのみ高精度な観測が可能になります。また、多くの小惑星は球形ではないため、地球に対して太陽光を反射する面積が自転にともなって変化し、その明るさも変動します。
研究グループは発見直後の微小小惑星に対して、トモエゴゼンを用いて即時に動画観測を実施し、明るさの時間変化を捉えることで小惑星の自転周期の推定に成功しました。今回の観測では、毎秒2フレームの動画観測を1天体あたり約20分間実施。自転周期を推定した32天体のうち、13天体は60秒以下という短い周期で高速自転していることが明らかになりました。
小惑星のように直径が小さな天体の自転周期は、太陽輻射に起因する「ヨープ(YORP)効果(※)」によって変化することが知られています。ヨープ効果を考慮すると、直径10m以下の小さな小惑星の自転周期は10秒以下にまで加速されると予測されていました。
※…太陽に温められた天体の表面から放射される熱の強さが場所によって異なることで、天体の自転周期が変化する効果のこと。“YORP”は先駆的な研究を行った4人の研究者の頭文字から
しかし、本観測で発見された自転周期10秒以下の小惑星は1天体のみでした。研究グループは、観測で得た自転周期の分布を説明できる仮説を検証し、近年提唱された「接線ヨープ効果」(小惑星の表面に沿う方向の熱伝導を考慮したヨープ効果)によって観測結果が説明できることを示しました。これは、微小小惑星の自転周期には約10秒以下にはならないという限界が存在することを示唆しています。
本研究は、微小小惑星の自転状態の観測から、地球に接近する小惑星がどのような作用を受けながら地球の近くにやってくるのかという力学進化の解明につながると期待されています。研究成果は2022年7月12日付けで「Publications of the Astronomical Society of Japan」誌に掲載されました。
ちなみに、トモエゴゼンという観測装置の名前は、源平合戦に登場する木曽義仲に仕えた女性武将「巴御前」にちなんでいます。巴御前は戦乱の世を駆け抜けた武将ですが、トモエゴゼンもまた天文学のフロンティアを駆け抜け、さらなる成果を上げてほしいものです。
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Image Credit:東京大学木曽観測所 東京大学大学院理学系研究科 - 即時動画観測がとらえた地球接近小惑星の高速自転 東京大学木曽観測所 - 東京大学木曽観測所トモエゴゼンを用いて微小地球接近小惑星42天体の発見に成功 東京大学木曽観測所 - トモエゴゼン Beniyama et al. - Video observations of tiny near-Earth objects with Tomo-e Gozen (Publications of the Astronomical Society of Japan)文/吉田哲郎