こちらは、アメリカ航空宇宙局(NASA)の月周回衛星「ルナー・リコネサンス・オービター(LRO)」に搭載されている光学観測装置「LROC」を使って2020年7月6日に取得された、月の南極点周辺の画像です。
画像の左端には、月の南極にある「シャクルトン・クレーター」(Shackleton、直径約21km。イギリスの極地探検家アーネスト・シャクルトンに由来)の一部が見えています。月の南極点は画像の左下、シャクルトン・クレーターの縁に形成された明るくて縁が鋭く見える小さなクレーターの付近にあります。この地域では太陽が高く昇ることはないため、常に太陽光が届かない領域である「永久影」が、シャクルトン・クレーターの内側などに広がっています。
斜めに見下ろすように撮影された画像の奥に目を向けると、左から右上に向かって長さ約14kmの尾根が伸びています。シャクルトン・クレーターと「ド・ジェラルーシ・クレーター」(de Gerlache、直径約33km。南極探検隊を率いたベルギーの海軍士官アドリアン・ド・ジェラルーシに由来)の間にあるこの尾根は、2025年に予定されているNASAの有人月面探査ミッション「アルテミス3」の着陸候補地のひとつです。
関連:NASA有人月面探査計画「アルテミス」13か所の着陸候補地が発表された
月の南極域では、永久影に水の氷が埋蔵されていると考えられています。水の氷からは内太陽系(inner solar system)の水や揮発性物質の歴史に関する知見が得られると期待されています。そのいっぽうで、水は宇宙飛行士の飲用水として用いたり、電気分解して得られた水素と酸素をロケットエンジンの推進剤として利用したりできる(酸素は宇宙飛行士の呼吸用としても利用できる)ことから、水の氷を将来の有人月面探査で活用することも構想されています。
また、常に太陽光が届かない永久影とは対照的に、月の南極点周辺にあるクレーターの縁や尾根の一部といった周囲よりも標高が高い場所は、1年のうち1割程度の期間しか太陽が沈まないという特徴があるといいます。LROが撮影した画像を公開しているアリゾナ州立大学は、その様子を「Islands in the Dark(闇に浮かぶ島々)」と表現しています。こうした場所では、太陽エネルギーを利用して電力を確保しやすいというメリットがあります。
NASAが推進する月面探査計画「アルテミス」では、水の氷が眠るとされる月の南極域を焦点に探査が行われます。同計画初の有人月面探査を行うアルテミス3ミッションでは、永久影に近い13か所の着陸候補地が選ばれました。冒頭の画像の尾根も候補地の一つ「Connecting Ridge(コネクティング・リッジ)」として選ばれています。
NASAは科学・工学の研究者と議論を重ねて各着陸候補地のメリットに関する意見を募る予定で、最終的な選定はアルテミス3の打ち上げ日時が決まってからになる見込みです。1972年12月の「アポロ17号」以来53年ぶりに有人月面探査が行われる場所として、画像の尾根が選ばれることになるかもしれません。
Source
Image Credit: NASA/GSFC/Arizona State University アリゾナ州立大学 - Traversing the Shackleton de Gerlache Ridge アリゾナ州立大学 - Islands in the Dark NASA - Artemis III Landing Region Candidates文/松村武宏