こちらは地球から約17万光年離れた「かじき座」の輝線星雲「かじき座30(30 Doradus)」です。かじき座30は天の川銀河の伴銀河(衛星銀河)のひとつ「大マゼラン雲」(LMC:Large Magellanic Cloud、大マゼラン銀河とも)にある輝線星雲で、「タランチュラ星雲(Tarantula Nebula)」とも呼ばれています。
このタランチュラ星雲の画像は、「ジェイムズ・ウェッブ」宇宙望遠鏡に搭載されている「近赤外線カメラ(NIRCam)」を使って2022年6月2日に取得された画像をもとに作成されました。人の目は赤外線を捉えることができないため、画像の色は取得時に使用されたフィルターに応じて着色(※)されています。
※…F444W:赤、F470N:オレンジ、F200W:緑、F090W:青で着色
タランチュラ星雲は活発な星形成領域として知られています。画像の中心に広がる空洞は、この星雲で誕生した数多くの若い大質量星(青色で着色)の放射によって、星の材料でもあるガスや塵が吹き飛ばされたことで形成されています。物質が高密度で集まっている部分は恒星風の侵食に対する抵抗性が強く、大質量星を含む星団に向かって伸びる「柱」のような構造が形成されています。柱の中では原始星の形成が進んでおり、ガスや塵でできた「繭」に包まれながら成長を続けているといいます。
2022年6月10日には、ウェッブ宇宙望遠鏡に搭載されている別の観測装置「中間赤外線装置(MIRI)」によるタランチュラ星雲の観測も行われました。星雲をより深く覗き込むことができるMIRIを使って取得された画像(※)では、高温の若い大質量星よりも温度が低いガスや塵が捉えられています。星雲に埋め込まれるようにして輝く光点は、成長を続ける原始星の位置を示しているといいます。
※…F1800W:赤、F1280W:緑、F1000WとF770W:青で着色
ウェッブ宇宙望遠鏡や「ハッブル」宇宙望遠鏡を運用するアメリカの宇宙望遠鏡科学研究所(STScI)によると、局部銀河群で最も大きく最も明るい星形成領域であるタランチュラ星雲の化学組成は天の川銀河の星形成領域とは異なっていて、宇宙における星形成がピークに達したとみられる「宇宙の正午(cosmic noon)」と呼ばれる時期(今から約100億年前)の巨大な星形成領域に似ていると考えられていることから、天文学者の注目を集めているといいます。
STScIによれば、従来は高密度な分子雲の向こう側を鮮明に捉えることが難しかったため、星の形成過程にはまだ多くの謎が残されています。宇宙の正午に存在していた遠方銀河と、それよりもはるかに近いタランチュラ星雲の観測結果を比較する上で、星形成領域の濃密な雲を見通すことができるウェッブ宇宙望遠鏡に期待が寄せられています。ウェッブ宇宙望遠鏡が撮影したタランチュラ星雲の画像は、STScIや欧州宇宙機関(ESA)から2022年9月6日付で公開されました。
関連:355光年先の太陽系外惑星を直接撮像 ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡
Source
Image Credit: NASA, ESA, CSA, STScI, Webb ERO Production Team STScI - A Cosmic Tarantula, Caught by NASA’s Webb ESA/Webb - Webb Captures A Cosmic Tarantula文/松村武宏