こちらは、火星のエリシウム平原につい最近形成された新しい衝突クレーターを捉えた画像です。まるで月面のような色合いですが、画像の色は舞い上がった土や塵といった衝突の影響を強調するために、人の目で見たものとは異なる色で着色されています。
この画像は、アメリカ航空宇宙局(NASA)の火星探査機「マーズ・リコネサンス・オービター」(MRO:Mars Reconnaissance Orbiter)に搭載されている高解像度撮像装置「HiRISE」を使って取得された画像をもとに作成されたました。NASAによると、衝突が起きたのは2021年9月5日のこと。火星の大気圏に突入した天体は少なくとも3つに分裂して地表に到達し、画像のように直線状に並んだ3つのクレーターを形成したとみられています。
実はこのクレーター、NASAの火星探査機「インサイト(InSight)」の着陸地点から比較的近い場所に形成されました。2018年11月27日にエリシウム平原へ着陸したインサイトは、火星の内部構造解明を目的に開発された探査機です。着陸翌月の2018年12月に設置された火星地震計「SEIS(Seismic Experiment for Interior Structure)」は、これまでに1300件以上の火星の地震(火震)を検出。SEISが検出した地震波の解析によって、火星のコア(核)が液体であることをはじめ、コアのサイズ、地殻の厚さなどが判明しています。
国立宇宙航空学校(ISAE-SUPAERO、フランス)のRaphael Garciaさんを筆頭とする研究チームは、インサイトによって検出された4回の隕石衝突時の地震波や音波をもとにその概略位置を推定し、MROによって撮影された画像を使って衝突地点を特定することに成功したとする研究成果を発表しました。研究チームの論文は2022年9月19日付で「ネイチャージオサイエンス」に掲載されています。
NASAによると、SEISは火星表面へ隕石が衝突した時に生じたマグニチュード2.0以下という小さな規模の地震波を、これまでに少なくとも4回検出しています(※)。2021年9月5日の衝突もそのうちの1つなのですが、この時は地震波だけでなく音波も検出されていました。
※…2020年5月27日、2021年2月18日、2021年8月31日、2021年9月5日。
【▲ 2021年9月5日にインサイトの火星地震計SEISが検出した隕石落下時の振動データを用いたオーディオクリップ】
(Credit: NASA/JPL-Caltech)
NASAのジェット推進研究所(JPL)が公開しているこちらの解説動画(英語)では、SEISの振動データを再生したオーディオクリップが用いられています。矢印で示された3か所で聞こえる音は、それぞれ「隕石が火星の大気圏に突入した時」「空中で分裂した時」「地表に衝突した時」の音とされています。
研究者は惑星などの表面が形成された年代を知るために、クレーターの数を利用することがあります。古い時代に形成された場所ほど長い時間が経っているのでクレーターの数は多く、新しい時代に形成された場所ほどクレーターは少ないという相関関係があります。この関係を利用することで、表面が形成された時期を推定するのです。クレーターの数密度から年代を推定する手法は「クレーター年代学」と呼ばれています。
クレーターの数をもとに年代を推定するには、現在どれくらいの頻度で隕石が衝突しているのかを把握し、統計モデルを調整する必要があります。「さまざまな表面の年齢を推定するために、現在の衝突頻度を知る必要があります」(Garciaさん)。ところが、インサイトが検出できた2年で4回という数は予想よりも少なかったようで、研究者はこれ以上の衝突が検出されなかった理由に悩まされているといいます。
NASAによるとインサイトのチームは、他の衝突時の振動が風や季節性の大気変化がもたらすノイズに埋もれてしまっているのではないかと考えています。衝突時の特徴的な振動が明らかになった今、インサイトによって記録された約4年分のデータから、さらに多くの衝突が見つかることに期待が寄せられています。
関連:NASA火星探査機「インサイト」の着陸地点、深さ300mまで水の氷が存在しない可能性
Source
Image Credit: NASA/JPL-Caltech/University of Arizona NASA/JPL - NASA’s InSight ‘Hears’ Its First Meteoroid Impacts on Mars Garcia et al. - Newly formed craters on Mars located using seismic and acoustic wave data from InSight文/松村武宏