アメリカ航空宇宙局(NASA)のジェット推進研究所(JPL)は10月7日付で、NASAの火星探査機「インサイト(InSight)」に関する最新情報を伝えています。JPLによると、インサイトは2022年10月初旬に砂嵐の影響を受けて発電電力量が急速に低下したため、運用チームはミッション終了まで観測を継続させる予定の火星地震計もオフにして消費電力の節約に努めています。
■南半球で発生した砂嵐の影響がインサイトの着陸地点周辺にも波及2018年11月27日に火星のエリシウム平原に着陸したインサイトは、火星の内部構造解明を目的に開発された探査機です。着陸翌月の2018年12月に設置された火星地震計「SEIS(Seismic Experiment for Interior Structure)」は、火星の地震(火震)を1300件以上検出。SEISが検出した地震波の解析によって、火星のコア(核)が液体であることをはじめ、コアのサイズ、地殻の厚さなどが判明しています。
インサイトのミッションは着陸から2年間(火星での約1年間)の予定でしたが、2022年12月まで2年間延長されており、2022年5月4日には火星での観測史上最大の規模となるマグニチュード5の地震を検出することにも成功しています。また、SEISが検出した隕石衝突時の地震波や音波は、衝突クレーターの位置を特定する際に役立てられました。
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インサイトの太陽電池には塵が積もり続けていて、着陸当初と比べて発電能力が大幅に低下しています。JPLによると、着陸当初の発電電力量は1ソル(※)あたり約5000ワット時だったものの、2022年9月17日の時点では1ソルあたり平均420ワット時しか得られなくなっています。火星では季節変化にともなって大気中の塵の量が変化するため、塵が増えて日差しが弱まれば、利用可能な電力がさらに減っていくことになるといいます。
※…1ソル=火星での1太陽日、約24時間40分
電力を消費する観測装置をオフにすれば、それだけ長くシステムを稼働させ続けることはできます。しかし、最後の瞬間まで可能な限り多くの科学的成果を得るために、運用チームはSEISを稼働させ続けることを決定。今後の発電電力量の予測結果をもとに、インサイトのミッションは2022年10月下旬から2023年1月の間に終了すると予測されていました。
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しかしJPLによると、インサイトの発電電力量は2022年10月初旬に1ソルあたり275ワット時まで急速に低下してしまいました。これは南半球で発生した砂嵐の影響によるものです。NASAの火星探査機「マーズ・リコネサンス・オービター」(MRO:Mars Reconnaissance Orbiter)によって2022年9月21日に初めて観測された今回の砂嵐は、9月29日までに大陸サイズへ成長。その後の1週間で勢力は弱まったものの、大気中には塵が巻き上げられました。この塵によって日差しが弱まってしまったのです。
「ハリウッドが演出するほど暴力的でもドラマチックでもない」(JPL)という火星の砂嵐は、風速が時速97km(秒速約27m)に達することもあるものの、火星は大気が薄いため、その強さは地球の嵐よりもずっと弱いといいます。それでも火星の表面からは塵が巻き上げられ、地表へ戻るには数週間かかる場合もあります。最初に観測された9月21日の時点で砂嵐はインサイトから約3500km離れていたものの、10月3日の時点ではインサイト周辺における大気中の塵のヘイズ(もや)の濃度が40パーセント近くも増加していたといいます。
太陽電池の発電電力量が低下しているため、インサイトのバッテリーは夜を迎えるまでにフル充電することができなくなっています。SEISは地震波を検出するために“約24時間”体制で常時稼働していますが、現状では何週間かでインサイトそのものが稼働できなくなってしまうため、運用チームはSEISを2週間に渡ってオフにすることを決めました。インサイトのプロジェクトマネージャーを務めるJPLのChuck Scottさんは「これを乗り切れば冬まで稼働し続けることができますが、次に来る砂嵐が心配です」とコメントしています。
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Image Credit: NASA/JPL-Caltech/MSSS NASA/JPL - NASA’s InSight Waits Out Dust Storm文/松村武宏