転職が珍しくない時代である。その波はメガバンクにも押し寄せている。激戦を勝ち抜いて就職した暁には、安定した収入や社会的地位、充実した福利厚生が約束されている。それらを捨ててまで退職へとかきたてる理由は何なのだろうか?
筆者は新卒から8年間、メガバンクで法人営業に従事してきた。離職者たちと対話を重ねるうちに、いくつかの共通点があることに気づいた。今回は、そんなメガバンクの主な退職理由を紹介する。
◆①学歴が理由で出世させてもらえない
最初の昇格のチャンスは入行7年目に訪れる。平社員から支店長代理(本部の場合は調査役)に上がれば、年収は一気に跳ね上がる。“一斉昇格”と呼ばれるように、半数以上の入行7年目の行員たちが役付になっていく。しかし、中には上がれない者もいる。
入行8年目で銀行を去ったAさんは、退職理由についてこう語る。
「退職したのは、同期が一斉昇格していく中で、俺だけ代理になれなかったからです。上司に反抗したり、メンタルを病んで休んだりと、人事的にマイナスになることをしなかったのにもかかわらず……」
人事評価はブラックボックスである。上がれなかった理由は説明してもらえない。
「俺は営業成績で表彰も受けたことがあるのに、目標を達成すらしていなかった同期が出世していました。心当たりがあるとすれば、学歴だけです」
◆メガバンクでは「ボリュームゾーンが早慶以上」
Aさんが卒業した地方の私立大学は、世間的に見劣りする大学名ではない。しかし学歴のボリュームゾーンが早慶以上であるメガバンクでは、どうしてもマイナスになってしまう。
「海外に行きたいなら、学歴とTOEICが必要」というのも銀行内の暗黙のルールだ。実際、営業成績は散々なのに、一流大学を出てTOEICの点数が高いというだけで、海外駐在の切符を手に入れる行員は多い。
Aさんは銀行を退職した後は、ベンチャー企業に就職した。そこでは学歴のしがらみもなく、のびのびと働くことができているらしい。
◆②昭和の体質を引きずる、非効率的な業務にうんざり
ビジネスカジュアルやリモートワークなど新しい制度を積極的に取り入れようとしている銀行だが、旧態依然とした態度の行員も多い。上司がそのような性格だと、部下は割を食うことになる。特に柔軟な働き方を求める子育て中の女性行員と、彼らの相性は最悪だ。
入社10年目で銀行を去ったBさんは、二児の母であった。
「銀行はサテライトオフィスを導入していて、どこでも仕事ができるようになっています。でも上司は『どうしても顔を合わせて話したいことがあるから、俺のいる場所に来い』と言って、家から1時間かかるコワーキングスペースに呼び出されたこともありました」
会議は絶対にリモートじゃなく対面で、というこだわりも上司にはあったそうだ。
「そもそも家から支店までは、片道90分近くかかるんですよ。上の子は小学校で、下の子は保育園。それぞれお迎えの場所も違うので、移動時間はなるべく減らしたいんです」
そのことを上司に話したら「移動時間中に業界研究をすれば良いだろう。有効活用しろよ」と言われたそうだ。
「上司にもお子さんはいますが、奥さんは専業主婦。子育てをしたことがないから、分からないんでしょうね」
他にも電子で申請できるものも紙で印刷して提出、というペーパーレス時代に逆行するようなこだわりもあるとのこと。しかしBさんが最もうんざりさせられたのは、別の要因だった。
◆「どうせ旦那の稼ぎがあるだろう」と人事部へ推薦されず
入社10年目だが、Bさんの役職は平社員のまま。二度の産休・育休を取得しているから仕方ないと思いつつも、やはり思うところはあるらしい。
「役付者になりたいと上司に話したら、『でも、Bさんはどうせ旦那の稼ぎがあるだろう? 俺なんて一馬力だぞ』と言われました。話していくうちに、女性だから出世しなくても良いと思われていることが分かったんです」
昇格には上司から人事部への推薦がマストだ。Bさんが今の上司の元で働いていても、いつまでも上に行けないことは明らかだった。
Bさんは銀行を退職して、大学院に入った。年齢的にマネジメント経験がないと転職は難しかったとのことで、専門資格を身につけようと奮闘中だ。
◆③家を買った直後に、地方転勤を命じられた
今でこそ「同意なき転勤はさせない」という風潮に変わりつつあるが、昔は忠誠心を試すために、ここぞというタイミングで地方転勤を命ずることも多かった。
入社15年目で銀行を去ったCさんは、地方転勤を理由に銀行を去ったうちの一人だ。
「一ヵ店目は関西、二ヵ店目は九州でした。僕は東京出身で、東京の大学を出たので、全く縁もゆかりもない土地です。九州で奥さんと出会って、そのまま結婚したので、それは良かったんですけどね」
彼は三ヵ店目でやっと東京に戻って代理に昇格し、都内にマイホームを購入した。子どもが生まれて保育園も決まっていた。しかしその矢先に東北配属の辞令が出たのだった。
「奥さんは『いい加減にして!私も働きたいのに、これじゃどこでも働けないじゃない!』と怒っていました。九州から東京に来る時に、仕事はやめてもらっていましたから」
Cさんは頭を抱えた。人事部から、ある条件を出されていたからだ。
◆「課長へ昇格させてやる。ただし東北へ転勤しろ」
「人事からは『課長に昇格させてやる。ただし東北へ転勤しろ』と言われていました。住宅ローンもあったから、当初は単身赴任を選びました」
銀行では単身赴任手当は手厚く、帰省のための旅費も出してくれる。しかし、ビデオ通話や写真共有アプリでしか子どもの顔を見れない現状と、病んでいく妻の姿を見て「これは違う」と感じたという。
「人事部に辞めることを伝えたら、激怒されました。あと少し我慢すれば関東に返してやるとも言われましたが、もう付き合いきれませんでした」
彼は公務員試験に合格し、今は東京の行政機関で働いている。転勤の辞令に脅かされることのない、安定した日々を送っているそうだ。
――日本では職業選択の自由がある。自分の幸せの価値観と照らし合わせて、「これはあまりに違いすぎるな」と感じた時は、彼らのように行動を起こすことも可能だ。転職するまではいかないにしても、部署異動や業務を変えることを検討しても良いのかもしれない。
<文/綾部まと>
【綾部まと】
ライター、作家。主に金融や恋愛について執筆。メガバンク法人営業・経済メディアで働いた経験から、金融女子の観点で記事を寄稿。趣味はサウナ。X(旧Twitter):@yel_ranunculus、note:@happymother
筆者は新卒から8年間、メガバンクで法人営業に従事してきた。離職者たちと対話を重ねるうちに、いくつかの共通点があることに気づいた。今回は、そんなメガバンクの主な退職理由を紹介する。
◆①学歴が理由で出世させてもらえない
最初の昇格のチャンスは入行7年目に訪れる。平社員から支店長代理(本部の場合は調査役)に上がれば、年収は一気に跳ね上がる。“一斉昇格”と呼ばれるように、半数以上の入行7年目の行員たちが役付になっていく。しかし、中には上がれない者もいる。
入行8年目で銀行を去ったAさんは、退職理由についてこう語る。
「退職したのは、同期が一斉昇格していく中で、俺だけ代理になれなかったからです。上司に反抗したり、メンタルを病んで休んだりと、人事的にマイナスになることをしなかったのにもかかわらず……」
人事評価はブラックボックスである。上がれなかった理由は説明してもらえない。
「俺は営業成績で表彰も受けたことがあるのに、目標を達成すらしていなかった同期が出世していました。心当たりがあるとすれば、学歴だけです」
◆メガバンクでは「ボリュームゾーンが早慶以上」
Aさんが卒業した地方の私立大学は、世間的に見劣りする大学名ではない。しかし学歴のボリュームゾーンが早慶以上であるメガバンクでは、どうしてもマイナスになってしまう。
「海外に行きたいなら、学歴とTOEICが必要」というのも銀行内の暗黙のルールだ。実際、営業成績は散々なのに、一流大学を出てTOEICの点数が高いというだけで、海外駐在の切符を手に入れる行員は多い。
Aさんは銀行を退職した後は、ベンチャー企業に就職した。そこでは学歴のしがらみもなく、のびのびと働くことができているらしい。
◆②昭和の体質を引きずる、非効率的な業務にうんざり
ビジネスカジュアルやリモートワークなど新しい制度を積極的に取り入れようとしている銀行だが、旧態依然とした態度の行員も多い。上司がそのような性格だと、部下は割を食うことになる。特に柔軟な働き方を求める子育て中の女性行員と、彼らの相性は最悪だ。
入社10年目で銀行を去ったBさんは、二児の母であった。
「銀行はサテライトオフィスを導入していて、どこでも仕事ができるようになっています。でも上司は『どうしても顔を合わせて話したいことがあるから、俺のいる場所に来い』と言って、家から1時間かかるコワーキングスペースに呼び出されたこともありました」
会議は絶対にリモートじゃなく対面で、というこだわりも上司にはあったそうだ。
「そもそも家から支店までは、片道90分近くかかるんですよ。上の子は小学校で、下の子は保育園。それぞれお迎えの場所も違うので、移動時間はなるべく減らしたいんです」
そのことを上司に話したら「移動時間中に業界研究をすれば良いだろう。有効活用しろよ」と言われたそうだ。
「上司にもお子さんはいますが、奥さんは専業主婦。子育てをしたことがないから、分からないんでしょうね」
他にも電子で申請できるものも紙で印刷して提出、というペーパーレス時代に逆行するようなこだわりもあるとのこと。しかしBさんが最もうんざりさせられたのは、別の要因だった。
◆「どうせ旦那の稼ぎがあるだろう」と人事部へ推薦されず
入社10年目だが、Bさんの役職は平社員のまま。二度の産休・育休を取得しているから仕方ないと思いつつも、やはり思うところはあるらしい。
「役付者になりたいと上司に話したら、『でも、Bさんはどうせ旦那の稼ぎがあるだろう? 俺なんて一馬力だぞ』と言われました。話していくうちに、女性だから出世しなくても良いと思われていることが分かったんです」
昇格には上司から人事部への推薦がマストだ。Bさんが今の上司の元で働いていても、いつまでも上に行けないことは明らかだった。
Bさんは銀行を退職して、大学院に入った。年齢的にマネジメント経験がないと転職は難しかったとのことで、専門資格を身につけようと奮闘中だ。
◆③家を買った直後に、地方転勤を命じられた
今でこそ「同意なき転勤はさせない」という風潮に変わりつつあるが、昔は忠誠心を試すために、ここぞというタイミングで地方転勤を命ずることも多かった。
入社15年目で銀行を去ったCさんは、地方転勤を理由に銀行を去ったうちの一人だ。
「一ヵ店目は関西、二ヵ店目は九州でした。僕は東京出身で、東京の大学を出たので、全く縁もゆかりもない土地です。九州で奥さんと出会って、そのまま結婚したので、それは良かったんですけどね」
彼は三ヵ店目でやっと東京に戻って代理に昇格し、都内にマイホームを購入した。子どもが生まれて保育園も決まっていた。しかしその矢先に東北配属の辞令が出たのだった。
「奥さんは『いい加減にして!私も働きたいのに、これじゃどこでも働けないじゃない!』と怒っていました。九州から東京に来る時に、仕事はやめてもらっていましたから」
Cさんは頭を抱えた。人事部から、ある条件を出されていたからだ。
◆「課長へ昇格させてやる。ただし東北へ転勤しろ」
「人事からは『課長に昇格させてやる。ただし東北へ転勤しろ』と言われていました。住宅ローンもあったから、当初は単身赴任を選びました」
銀行では単身赴任手当は手厚く、帰省のための旅費も出してくれる。しかし、ビデオ通話や写真共有アプリでしか子どもの顔を見れない現状と、病んでいく妻の姿を見て「これは違う」と感じたという。
「人事部に辞めることを伝えたら、激怒されました。あと少し我慢すれば関東に返してやるとも言われましたが、もう付き合いきれませんでした」
彼は公務員試験に合格し、今は東京の行政機関で働いている。転勤の辞令に脅かされることのない、安定した日々を送っているそうだ。
――日本では職業選択の自由がある。自分の幸せの価値観と照らし合わせて、「これはあまりに違いすぎるな」と感じた時は、彼らのように行動を起こすことも可能だ。転職するまではいかないにしても、部署異動や業務を変えることを検討しても良いのかもしれない。
<文/綾部まと>
【綾部まと】
ライター、作家。主に金融や恋愛について執筆。メガバンク法人営業・経済メディアで働いた経験から、金融女子の観点で記事を寄稿。趣味はサウナ。X(旧Twitter):@yel_ranunculus、note:@happymother