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“過激な僧侶”のイメージが強い日蓮は「スーパー人生相談回答者」だった!? 手紙から読み解く日蓮の本当の姿

日刊SPA! 2024年6月22日 8時51分

2022年には生誕800年を迎えた、鎌倉時代中期を生きた僧侶・日蓮聖人。日蓮宗の宗祖として「他宗を批判した過激な僧侶」とのイメージも根強いが、一方で非常に情が厚く、多くの人の人生の悩みにも真摯に応えた人物だったとされている。
彼の残した数多くの手紙を通じて、そんな知られざる日蓮の一面を紹介したNHKのテレビ番組『100分de名著』の放送回は、大きな反響を呼んだ。同放送回をもとにコミック化した『まんが! 100分de名著 日蓮の手紙』(扶桑社)は、人間の抱える病の苦しみや死の悲しみ、仕事と人間関係の悩みとの向き合い方などを、よりわかりやすく伝えている。

本書の監修をつとめた仏教思想研究家の植木雅俊氏が、現代に通じる日蓮の魅力を解説していく(以下、同書より一部編集のうえ抜粋)。

◆なぜ日蓮は「過激な僧侶」との印象が強いのか?

わが国で日蓮というと、今でも国家主義や国粋主義を連想する人が多いようです。それは、明治時代の国家主義へと邁進する時流の中で形成されたものでした。日蓮を国家主義的に信奉し日蓮主義運動を展開した田中智学(一八六一〜一九三九)、さらには右翼革命、武力革命、武力侵略を『法華経』や日蓮の言葉を強引に歪曲して正当化した北一輝(一八八三〜一九三七)─彼らによって、日蓮の人物像が歪められてしまったと言えます。

近年、インターネットの普及で、デマや風評などのフェイク(うそ、偽り)なニュースが拡散してしまうことが多くなり、ファクト・チェック(事実確認)の必要性が叫ばれています。日蓮に関して言えば、八百年近く悪しき印象が作り上げられ、そのファクト・チェックが行われないままに歳月が流れ、生誕八百年を迎えたように思います。そろそろ“人間日蓮”の実像をクローズアップする時ではないかと思います。

◆日蓮の人柄を知らしめる三百四十通の手紙

日蓮の人間としての実像を正しく理解するには、何よりも三百四十通も残っている日蓮の手紙を読むのが一番です。この数は、他の宗祖の追随を許さない圧倒的な多さです。法然(一一三三〜一二一二)の直筆の手紙はないと言われているし、道元(一二〇〇〜一二五三)は、ほとんど手紙を書かなかったようで残っていません。

その日蓮の手紙について、哲学者の梅原猛氏(一九二五〜二〇一九)は、親鸞の手紙は、だれにあてても同じようなこと書いてます。このくらい同じだとこれもみごとなもので、私は感心するんですけれどもね(笑)。ところが日蓮の手紙は、一人一人違うでしょう。(紀野一義・梅原猛著『永遠のいのち〈日蓮〉』、一七二頁)と語っていました。

その中から主だったものを二十五通選び出して、現代語訳と解説を付したものが拙著『日蓮の手紙』(角川ソフィア文庫)であり、その拙著に基づいて番組「100分de名著」が構成されました。

◆親子関係に悩む信徒や家族を亡くした女性を励ます日蓮

その手紙を読むと、「君に忠、親に孝」が強調された封建社会にあって、父親との関係や、主君や同僚との関係における葛藤に悩む信徒に対して、何とか当事者に円満な解決をもたらし、よりよい関係を築くような具体的な対応策を指導している日蓮の姿が見えてきます。

また、子どもや夫を亡くした女性に、機会あるごとにともどもに涙して励ます日蓮もいます。病気がちで子連れで再婚し、夫の足を引っ張っているのではないかと自己嫌悪に陥りがちな女性を励ます言葉の温かさには、思わず涙を催してしまうほどです。

 妬まれて常に命を狙われている武士の四条金吾に対して、日蓮は先制攻撃や、先手必勝などと攻撃を指示することは全くなく、どのように命を守るのかということを微に入り細を穿った指導をしています。それは、“専守防衛”に徹するという内容であって、ここをもってしても日蓮が攻撃的だとする批判は誤りであることが理解されます。

◆手紙を通じて見えてくる日蓮の人柄

『法華経』を信奉する途上にあって、信徒たちが直面する不安や、悩み、問題に対して、日蓮は手紙で激励し続けました。それは、『法華経』の人間観、人生観、人間洞察に基づく人生相談であり、生活指導でありました。それを読んでいると、日蓮が、ある時は弁護士のようであり、ある時は教師、演出家、劇作家、心理学者、ネゴシエーター(交渉人)であるかのような多くの顔を持つ多才な人物像が見えてきます。

裁判事務を担当する問注所に日蓮が呼び出された時、日蓮の立派な立ち居振る舞いを見た人たちが、「人ごとに、問注は法門にはに(似)ず、いみじうしたりと申し候」(十章抄)という評判が広がったと言います。法廷での日蓮の毅然たる言動は、礼儀を尽くし、乱暴なところは全くなく、法門を論ずる時の激しさとは打って変わっていたのでしょう。

法門については、理詰めで書かれるから、その人柄や人間性は表われにくいものです。直接会ってみると、意外と人間味あふれる人であったということはよくあることです。

◆現役弁護士も、日蓮のアドバイス力に驚愕

それは、日蓮の手紙を読んで感じる意外さとも同じだと思います。フランスの社会学者で哲学者のラファエル・リオジエ氏(一九六七〜)も、日蓮の手紙を読んで、「日蓮について、これまで国粋主義者、右翼だと聞かされてきたが、手紙を読んで全く異なっていることに驚いた」とコメントし、相手に応じた人間性豊かな文章で書かれた手紙に関心を深めています。

『法華経』の信仰ゆえに、問注所に不当に訴えられ、召喚された信徒に対して与えた手紙では、原告の挑発に乗らず、冷静に穏やかな言動で対応するように具体的な指示を与えています。今日の今日、出頭すると聞いたので、長い文章では読む時間がない、そこで、簡にして要を得た忠告をしています。その手紙を読んだ弁護士さんが、「私たちが裁判に臨むに当たってアドバイスすることと同じことが書かれています。私も、弁護士として裁判に臨む時に日蓮さんからアドバイスを受けたいほどです」と言ってこられたのには、日蓮のすごさを改めて教えられた思いでした。

◆現代にも通じる日蓮の「スーパー人生相談回答者」ぶり

翻訳家の池田香代子さん(一九四八〜)と『日蓮の手紙』について対談した時も、「日蓮は、一人であらゆる悩みに答えている。あらゆることを兼ね備えている日蓮は、あらゆる問題に精通した〝スーパー人生相談回答者〟と呼ばせていただきますね」と語っておられました。

小説家の安部龍太郎さん(一九五五〜)も、拙著『日蓮の手紙』について、「植木氏は〔中略〕日蓮の手紙に込められた相手への思いやりや労わり、悟りに向かわせたいという配慮をあます所なくとらえている。落ち込んだときに読むとこちらも励ましてもらえるので、折に触れ手に取っている」と、「日刊ゲンダイ」の週刊読書日記(二〇二一年十一月九日付)に書いておられました。

日蓮の時代と、現在は八百年の時間差があるものの、現代の私たちに、そのまま当てはまることが多く、日々の暮らしのアドバイスとして生きる勇気や、自信が得られること請け合いです。

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