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一部だけが潤う「医師の求人業界」にメスを。“儲からない”人材紹介プラットフォームが話題を集める理由

日刊SPA! 2024年6月24日 8時51分

 医療法人社団季邦会で理事長を務める鎌形博展氏が立ち上げた医師の求人サイトPro Doctorsに注目が集まっている。鎌形氏は薬学部を卒業後、薬剤師の資格を取得してMR(営業職)として製薬会社に勤務したのち、医学部へ入り直して救命救急医療に携わっていた異色の経歴を持つ人物。
 既存の人材紹介プラットフォームがあるなかで、なぜ鎌形氏はPro Doctorsを立ち上げたのか。他の医師求人サイトにはない強みと、そこにかける思いを聞いた。

◆「紹介会社が潤う構図」を変えたかった

 にこやかでありながら、対峙すると身体中から漲るものを感じた。鎌形氏が立ち上げたPro Doctorsは、世の中をどう変えるのか。

「医師が病院を辞めて別の病院に行く場合、さまざまなルートがありますが、多いのが紹介会社を経由するケース。その際、紹介料として、紹介された医師の年収の20〜30%が病院から紹介会社に支払われるのが通常です。医師は一般企業のサラリーマンと比較しても高給であり、しかも短いスパンで転職していくケースが多いのが特徴。そうなると、紹介会社だけが潤っていきます。

 一番の問題は、紹介にあたって現場と医師のマッチングが精査されずに行われているという点です。せっかくやる気のある医師がいても、ミスマッチによって実力が生かされない現場であった場合、病院と医師本人が不幸になるだけでなく、患者さんにも多大な影響を及ぼします。別の業界のなかには、紹介する会社が人材をきちんと育てるサポートまで行う場合もあります。しかし医師の転職の場合、求められている人材かどうかの判定を行うことは稀だと思います」

◆なぜ「儲からないシステム」を構築したのか

 医療現場の些細な不協和音は人命を左右しかねず、非常に繊細な問題となる。だがPro Doctorsならば、マッチングを行える。しかも、利用者にとってのメリットはそれだけではない。

「Pro Doctorsはまったく紹介料を取っていません。病院は人件費を抑えることができ、医師は高い給与を得ることができます。賛同してくれる企業様からの広告料で賄っているため、病院や医師に負担をかけないのが特徴です」

 既存システムの改革。しかしながら鎌形氏の懐にはまったく影響しない。この点はやや不思議な決断にもみえる。

「私も医療法人を経営する人間として、『良い人材に出会いたい』という思いがあります。それ以上に、生命を預けている患者さんの立場になれば、やる気も技術もある医師を求めるのは当然のことでしょう。もちろん、優秀な医師が集まり、病院が上質な医療を提供すれば、評判も上がるはずです。現状のように恒常的な医師不足にかまけて、『とりあえずこの人材をこっちに』という場当たり的なやり方では、誰にとってもプラスにならないのは明白です」

◆20代中盤の同期2人が亡くなって気づいたこと

 どんな医師であっても、患者を救いたいと考えているはずだ。そんな思いを鎌形氏に特に強く感じる背景には、忘れようにも忘れられない出来事を経験しているからだ。

「医療への敬意は幼いころからありました。小さい頃は喘息持ちで、よく病院にかかっていたんです。喘息はありふれた病気であり、軽く見られがちなのですが、発作が出たときは『死んでしまうのではないか』と本気で思うほど、ものすごい恐怖に襲われます。そのとき診察してくれたお医者さんが丁寧に処置してくれたことで、私は何度も救われました。

 母が薬剤師だったことや、医療に携わりたい思いもあって、自分も薬学の道に進みました。その後入社した製薬会社で、同期2人を病気で失ったんです。当時、20代中盤でした。志半ばで死んでいった仲間たちのことを考えるたび、『自分はもっと社会の役に立てるように努力すべきなんじゃないか』と反省したんです」

◆刺激的だった救命救急の現場

 その後、医学部へ転向。救命救急の魅力に取りつかれた。

「当初は別の方向へ進もうと思っていたのですが、研修で救命救急を経験したとき、『救命率を少しでも上げられるように、やるべきことを自信を持ってやれるようになりたい』と思ったんです。救命救急の仕事は非常に刺激的でした。目の前にいる患者さんは放置すれば数分で亡くなってしまう場合さえあるわけです。その状態から、自分の技術や他科との連携を駆使して何とか生存させる。無駄な時間があってはならない、濃密な仕事です。しかもスピーディーな判断力も求められる。熱中しすぎて、ふと気がついたら1日経過していたこともあります」

◆医師の仕事は「目の前の患者さんを救うこと」だからこそ

 生命を救う。その一点において、鎌形氏はこんな矜持を持っている。

「医師の仕事は目の前の患者さんを救うことです。そこには傷病までの経緯も人柄や思想も、何も関係ありません。勤務医時代は新宿で働いていたので、ラブホテルで不倫相手との行為中に心筋梗塞を発症した人もいれば、事故に巻き込まれてしまって重傷を負った若者もいて、さまざまな理由で人が運び込まれてきました。運ばれてきた当時は物言えなかった患者さんを蘇生させ、ICUでの管理を行い、目が覚めてリハビリを通して回復していくその日がくるように、私たちはひたすら力を尽くすんです」

 友人たちの死を通して自らの使命と向き合った若き鎌形氏の苦悩が、現在の仕事に通じている。患者利益に資するためには、良い医療を提供すること――。シンプルで核心をついた命題でありながら、医師という人材の往来に付随する金銭については、これまであまり焦点化されることはなかった。いま、気鋭の医師がその確かな胆力で既得権益にメスを入れていく。

<取材・文/黒島暁生>

【黒島暁生】
ライター、エッセイスト。可視化されにくいマイノリティに寄り添い、活字化することをライフワークとする。『潮』『サンデー毎日』『週刊金曜日』などでも執筆中。Twitter:@kuroshimaaki

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