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JRが“リニア開業”より“夜行列車の復活”を優先すべき理由「廃止が相次いだ当時と状況が大きく異なる」

日刊SPA! 2024年6月28日 8時51分

 筆者(田中謙伍)はAmazon日本法人に新卒入社し、現在はメーカー企業のEC戦略を支援する会社を経営しているが、さらに交通やまちづくりにかかわる事業も進めている。
 2024年は北陸新幹線の金沢〜敦賀間の開業や、リニアをめぐる静岡県前知事の発言、京葉線快速のダイヤ減便騒動、北海道新幹線の札幌新函館北斗駅間の工事延期など、鉄道開発が良い面でも悪い面でも注目を浴びている。

 上述のリニアや北陸新幹線敦賀〜新大阪間の延伸などの新たな路線は、開発が完了すれば沿線自治体や新たに整備される駅前の一等地に大きな利益を生むことは間違いないだろう。しかし、リニアの件を筆頭に開発は一筋縄では進まないのが実情となっている。

 そんななか、現在はインバウンド需要が絶好調で、2023年訪日客の旅行消費額は計5兆2923億円と過去最高を更新している(観光庁「訪日外国人消費動向調査」より)。今後も当面は高いインバウンド需要は見込まれるが、いつ完成するかわからないリニア等々を待っていては結果的に大きな機会損失を生むことになることは言うまでもない。

 こうしたインバウンド需要に応えるべく、今から取り組める「最善の策」について本稿では考えていきたい。

◆「リニア開業」より夜行列車の復活を優先させるべき?

 では、その最善の策とは何か。

 それは既存路線の利活用である。新たな路線を開発しなくても既存路線の利活用によってさらに大きな需要を生み出すことができるのだ。

 リニアなど新路線開発よりも相対的に短期間で実施可能、かつインバウンド需要に応えられる既存路線の秘策、それこそが夜行列車の復活だ。

◆夜行列車の運行本数が増えているヨーロッパ

 海外で夜行列車が復活しているのをご存じだろうか。実は、現在ヨーロッパではベルリン、ブリュッセル、ロンドン、パリ、ウィーンなどの主要都市へ走る夜行列車を筆頭に、運行本数を増やしているのだ。

 とはいえ、ヨーロッパにおいても日本同様に2000年代に入って以降、一度は多くの夜行列車が廃止の憂き目にあった。

 では、なぜ夜行列車がここにきて復活しているのか。

 その理由は後ほど説明する。

◆国内で稼働しているのは「サンライズ瀬戸・出雲」のみ

 現在国内の夜行列車はほぼ廃止されている。唯一稼働しているのは東京―高松・出雲市間を走る「サンライズ瀬戸・出雲」のみである。

「7両+7両編成」で316人が乗れるこの「サンライズ瀬戸・出雲」は、満席になる日が少なくないものの、現在の車両は約25年前から使われており、後継車両の予定が現状ではないため、老朽化に伴っていつ廃止になってもおかしくはないという状況。

 1964年に東海道新幹線は開通した後、1970年代が国内の夜行列車の全盛期と言われており、それから徐々に廃止が進み、2000年代に入ってからその流れは特に顕著だ大きな要因のひとつとして他の選択肢が増えたことがある。新幹線のほか、規制緩和によって格安高速バスやLCCというライバルが登場し、そこに車両の老朽化も重なってしまった。

◆廃止が相次いだ当時と状況が大きく異なる

 ここまでの話を聞いて「夜行列車は過去のものだろう」と思った人も少なくないだろう。しかし、ここで注目すべきなのは寝台特急あさかぜや寝台急行銀河、快速ムーンライトながらなど夜行列車が次々と廃止になった2000年代当時と、2024年現在では国内の状況が全く異なっているということだ。
 
 廃止が続いた当時の夜行列車は国内需要のみを想定していたが、今は非常に強いインバウンド需要がある。

 法務省出入国管理統計の調べによると、インバウンド観光客は夜行列車全盛期の1976年からコロナ禍直前の2019年までの43年間で約30倍に膨らんでおり、約3188万人となっている。2000年の約476万人から見ても6.5倍に増えている計算だ。

 コロナ禍が明け、国内のインバウンドも戻ってきた段階だが、そんな外国人観光客と夜行列車は非常に相性がよいのだ。

 それを裏付けるように、観光庁の調べによると、訪日中に利用した交通機関は、全国的には新幹線以外の鉄道が70%と高く、ついで、バス、新幹線、タクシーで、レンタカーは12%だった。

 鉄道が通る場所は、観光客誘致に有利。この論が正しいことは確かだ。

◆マイナーな都市の需要が高まっていた

 もう一つ、興味深いデータとして、外国人旅行者の訪問先のデータがある。

「インバウンド需要」と聞くと東京や大阪といった大都市に需要が集中していると思う人もいるだろう。しかし、実際に日本を訪れた外国人の足取りをよく見てみるとマイナーな都市の需要も非常に高いことがわかるのだ。

 ナビタイムジャパンが提供する訪日外国人向けに展開するアプリ「ジャパントラベル・バイ・ナビタイム」のデータ分析によると、外国人訪問数の伸び率の高い市町村別は、北海道や山形県、茨城県などの太平洋ベルトから外れたエリアなのだ。

訪日外国人数伸び率トップ100市町村(2019年と2023年の1月~5月を比較。ナビタイムジャパン調べ)

第1位:北海道当別町 
第2位:山形県高畠町 
第3位:茨城県北茨城市
第4位:秋田県能代市
第5位:新潟県見附市

 つまり、これまでは訪れなかった土地に外国人旅行者は目を向け始めているのである。

◆「日本の夜行列車」には引きがある?

 さらに追い風なのは外国人観光客の多くが夜行列車に対して好意的であるという点だ。

 例えば現在唯一運行しているサンライズ出雲利用者のYouTube動画は8700万回以上再生されており、海外からのコメントが多いのが特徴。外国人は「日本の夜行列車」に強い興味を持っていることが伺い知れる。

◆「アクセスがよくない」高山市がさらに伸びる可能性も

 ここで一つ“夜行列車需要”が高く見込めるエリアの例を出そう。

 リニアで注目を集めたJR東海の営業エリアの中にも大きなインバウンド需要を生んでいる地域ーー岐阜県の高山市だ。

 なんと、高山市ではコロナ禍前では人口の7倍にあたる約473万人の観光客が年間で訪れており、そのうち約61万人が外国人観光客となっている。現在はさらに多くの人が訪れている可能性も高い。
 
 しかし、現状ではアクセスに優れているとは言い難い。東京駅からは新幹線から名古屋で在来線に乗り継ぎ、約4時間30分かかる。

 だが、高山を訪れたい外国人観光客は少なくない。事実、以前筆者が特急ひだに乗車して高山を訪れた際は車内は日本人より外国人乗客の方が圧倒的に多いという状態だった。

 となると、夜行列車1本で目的地に向かえるとするならば、その地域を訪れる外国人観光客は増える見込みがあるということである。

◆品川22:30発、高山6:30着の列車が通れば…

 高山市の例のように、夜行列車が運行すれば、現状ではアクセスに難のあるエリアにも外国人訪問者が足を運ぶチャンスを増やせる。そうなると、まだ見ぬ日本の名所に足を運ぶようになるのではないだろうか。  

 また、夜行列車を利用すればホテル代が節約できることはもちろん、時間を有効活用することでより多くの街を回ることができる。

 たとえば、東京を出て、名古屋で高山(岐阜)方面と同じく外国人観光客が多く訪れる京都を経由し、奈良に向かう列車と分離する多層建て夜行列車を通すとしよう。

 相応の速度で在来線を走らせた場合、東京-高山、東京-京都ー奈良も8時間となる。東京駅は車両を長時間留置できないので、ホームに余裕のある品川始終着で設定した場合、時刻表は下記のようになる。

【下り】
品川22:30発→高山6:30着、奈良6:30着

 下りの品川駅では20:00くらいから車両を停めておき、奈良は9:00くらいまで停めておき、好きなタイミングで乗車・下車できるようにする。この理由は後述する。

【上り】
高山22:30発、奈良22:30発、京都23:30発。品川6:30着

 高山・奈良は20:00くらいから、品川は9:00くらいまで停めておき、好きなタイミングで乗車・下車できるようにする。

 ホームに長時間留置して好きなタイミングで乗車・下車できるようにする理由は、出かけるタイミングを乗客に自由に決めてもらうためだ。特にホテル代わりに夜行列車を利用する外国人観光客や子供連れを中心に重宝されるだろう。このようなサービスは海外の夜行列車に多く見られる。

◆ヨーロッパで夜行列車の需要が回復している理由

 さて、なぜヨーロッパで夜行列車が復活しているのか。それは環境面への配慮からだ。環境面を理由として移動手段を選択するというのは日本ではまだあまり馴染みのない考え方だろう。

 しかし、特に欧州においてはカーボンニュートラルの観点から飛行機やバスは忌避されるようになってきている。フランスにおいては、2時間半以内の飛行機移動が禁止にされるなど、日本とは比べ物にならないほど環境に配慮する意識が高い。

 フランスでは飛行機に乗ること(=環境破壊に加担すること)を恥とし、鉄道など他の移動手段をすすめることを指す「flight shame」という単語すらあるほどだ。

 そんな中で鉄道はエコな乗り物として認知されている。実際に鉄道によって排出される二酸化炭素(CO2)は飛行機の5分の1以下となっている。

 日本で夜行列車の運行が増えれば、国内各地のアクセシビリティの向上だけでなく、環境面での優位性からも外国人訪問者が移動手段として選択する可能性は非常に高いのだ。

◆「走るホテル」が観光大国ニッポンの加速につながる

 ここまでの説明で、夜行列車が復活することは、増え続けるインバウンド需要に応えるだけでなく、観光大国ニッポンの大きな経済効果につながることがおわかりいただけただろう。 
 
 仮に夜行列車が復活すれば、インバウンド自体が今よりも好循環でまわることも考えられる。まず夜行列車が「走るホテル」となることでホテルの供給不足の解消に貢献するだろう。

 また、滞在日数を伸ばす外国人訪問者も増えるのではないだろうか。夜行列車を利用すれば、期間は伸びなくても時間を有効に活用できるため、滞在中に落としてくれるお金も増えるだろう。

 さらには滞在都市が分散化することによって、都市部のオーバーツーリズム解消にもつながり、今よりも広範なエリアがインバウンドの恩恵を受けることにもなりえる。

 つまり、夜行列車の復活は、現状のインバウンドが抱えている課題に応えるだけでなく、正の外部性をもたらすことがおわかりいただけるだろう。

 とはいえ、ヨーロッパで夜行列車が復活しているという事実をもって日本でも同様の改革を行うことはそう簡単ではない。フランスのように日本では飛行機利用の法規制がなく、また日本人には脱炭素への興味や意識がヨーロッパほど醸成されていないのが現状だ。こうした課題を克服することが求められるだろう。

◆JRが動かなければ、他業種が参入するのもアリ

 最後に、こんな疑問が浮かばないだろうか。

 なぜJRは夜行列車をやらないのか?

 それはJR各社の事業戦略による都合と筆者は考える。夜行列車を復活させるよりも、エキナカや不動産開発、金融事業など利益率の高い非鉄道部門の事業に注力したほうが儲かると考えているのだろう。

 ただ、JRにとっては実行する合理性がないとしても、売上が10数億円見込めるとするならば、他業種の民間企業にとっては実行する合理性がある。

 それに、他業種が夜行列車事業に参入する場合、コスト面で見ると「上下分離システム」を導入すれば十分に可能であると筆者は考えている。

 上下分離システムとは線路の「上」を走る鉄道の運行と、運行のために必要な施設等々の管理、つまり「下」のふたつで経営会社をわけるという方式だ。

 富山地方鉄道や青い森鉄道はこの方式によって日常的に運行されており、決して非現実的な方法ではない。つまり、かつてJRがすべてを担うわけではなく、上下分離にすることで経営効率化を図れる「夜行列車2.0」として復活させるのだ。

 事実、ヨーロッパではこの上下分離システムを導入して走るヨーロピアンスリーパーという夜行列車がベルギー・チェコ間で運行している。これを参考に国内でも夜行列車ベンチャー企業が立ち上がってもおかしくない。

 先日の静岡県知事選挙ではリニア推進派の鈴木康友氏が当選したが、リニアの開通は恐らく10年以上も先のこととなるだろう。

 観光立国ニッポンを標榜するならば、今こそ夜行列車の復活が求められると筆者は考える。

<TEXT/田中謙伍>

【田中謙伍】
EC・D2Cコンサルタント、Amazon研究家、株式会社GROOVE CEO。慶應義塾大学環境情報学部卒業後、新卒採用第1期生としてアマゾンジャパン合同会社に入社、出品サービス事業部にて2年間のトップセールス、同社大阪支社の立ち上げを経験。マーケティングマネージャーとしてAmazonスポンサープロダクト広告の立ち上げを経験。株式会社GROOVEおよび Amazon D2Cメーカーの株式会社AINEXTを創業。立ち上げ6年で2社合計年商50億円を達成。Youtubeチャンネル「たなけんのEC大学」を運営。紀州漆器(山家漆器店)など地方の伝統工芸の再生や、老舗刃物メーカー(貝印)のEC進出支援にも積極的に取り組む。幼少期からの鉄道好きの延長で月10日以上は日本全国を旅している

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