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牛丼市場は“御三家”がシェア80%以上。メニュー多角化を進める吉野家の「狙い」とは

日刊SPA! 2024年6月30日 8時52分

「富士経済外食マーケティング便覧2023」によれば牛丼業界の市場規模は5060億円で安定的に推移しているが、吉野家・すき家・松屋の牛丼御三家が88%と寡占化状態だ。昨今ではウナ丼や牛すき鍋など豊富なメニューで3社が競い合っている。
 1899年に東京・日本橋で牛丼を誕生させ、1971年に日本で最初のチェーン化をスタートさせた牛丼の吉野家(吉野家ホールディングス)は、1980年に会社更生法を申請。同社の未来を分析した。

◆メニューを多角化させる3つの理由

 2004年のBSE問題による牛丼の販売停止による業績不振など苦い経験をしてきた吉野家。現在は、BSE問題時に露呈した単一事業のリスクを回避するためにも、いろいろなメニューを展開して客層を拡大させ、業績はコロナ前に回復しつつある。

 メニューが多品種化すると経営資源も分散し、単一事業に集中するよりも利益率が低下する。それでもメニューを多様化させるのは、①BSE問題で主要食材の輸入停止で経営危機に陥ったことへの反省、②収益機会を多様化、③売上と顧客の拡大による経営基盤の強化など、からであろう。

◆牛丼一筋から豊富な品揃えの「吉野家」

 吉野家は、牛丼はもちろん、カレー・唐揚げ・親子丼、ウナギやすき焼き、最近は焼き魚を用いた朝食メニューにも力を入れるなど客層とメニューを多角化している。これらはすき家や松屋も、ほぼ同じ商品戦略だ。吉野家は牛丼はもちろん美味しいが、唐揚げも美味しいとの評価も高く、唐揚げは第76回ジャパン・フード・セレクションでグランプリを受賞している。

 専門店が収益機会を増大させるためにコア商品と非定番メニューを広げるのは逆効果になるケースもある。ブランドからの連想としては、牛丼の吉野家というイメージが定着しているなかで、お客さんが牛丼以外のメニューにどれだけ期待しているだろうか?

 吉野家ほどの大企業だから社内外の豊富な経営資源を活用し、他のメニューも安く美味しく提供するだろうと期待する人も多いのだろう。結果として、非定番メニューが定番になっているのを見ると、その期待に応えられているのは自明であろう。

◆牛丼を日本の食文化に定着させた功績

 吉野家は「早い・安い・うまい」の三拍子で成長したことでも知られ、看板商品である牛丼に誇りとプライドを持ち、牛丼業界のリーダーとして絶対的な存在感がある。

 スピーディに商品提供ができる仕組みが確立されている(早い)。駅前や繁華街の好立地では、ピーク時には客席の滞在時間が10分程度で、1時間に約6回転させる店も多くある。過去には牛丼の盛り付けには熟練職人の高度な技術が必要だったが、今はどんな人でも特殊なおたまを活用し、スピード提供を可能にした。

 また、牛丼に特化したことで、牛肉の仕入れにおいてスケールメリットを発揮して原価を低減(安い)。飲食店で費用の大部分を占めるFL(原価+人件費)コストを抑制した最適なビジネスモデルを確立した。2000年のデフレ時、280円だった吉野家の牛丼は安さが際立った(現在は468円税込)。

 輸入停止前は、主要食材である米国産ショートプレート(ばら肉)は1Kgあたり60円で100g使用し、玉ねぎ、調味料を合わせても約80円の原価。売価300円でも原価28%程度だったようだ。それを高回転で販売していたと考えると、吉野家にとって看板商品であり、ドル箱商品でもあったのである。

 より美味しい牛丼づくりと、その美味しさを維持するための体制も確立されている(うまい)。使用食材の品質や安全は当然のこと、世の中や顧客の嗜好の変化に対しても、変えるものと変えないものを明確にし、顧客に長く愛される牛丼になっていた。まさに牛丼を日本の食生活に浸透させた立役者でもある。

◆外食業界の模範だったノウハウ

 吉野家は経営効率が高い模範企業として、外食業界で紹介されており、店長の年収の高さは群を抜いていた。そのため、吉野家の経営を見習おうという企業も多かった。店のお昼のピーク時間帯は、大量に来店する客を効率的に捌くための効率的な仕組みも確立されていて勉強になった。

 徹底した事前の段取りと、それを実現するための、ムリ・ムダ・ムラを排除した什器・厨房機器の配置や作業手順、ワンオペを可能にし、スタッフの肉体負担を軽減させた作業動線の短縮化と効率化重視のレイアウトは大いに学びがあったと思う。

 今も進化を続けており、調理ロボット(味噌汁・ごはん盛り付け)を効果的に活用し、調理場内の人とロボットの協働体系が確立され、料理提供がさらにスムーズになっている。こういった工程分析と作業研究(動作研究と時間研究)から確立された作業の標準化で、安くて美味しい料理を早く提供できるようになったのだ。

◆米国産牛肉の輸入停止で経営危機に

 2004年に発生したBSE問題の前は、日本はアメリカにとって最も牛肉を買ってくれる上得意様であった。そのため、米国パッカーは日本国民の嗜好に合わせた日本仕様で、穀物肥育の牛を輸出してくれていた。しかし、2003年12月24日にアメリカでBSEの疑いのある牛が発見され、日本は即座にアメリカ産牛肉の輸入を停止した。

 牛丼チェーンでは、牛肉食材のほとんどを米国産牛肉に依存していたため、在庫がなくなったら牛丼が提供できなくなる。関係者は大慌てだったが、どうすることもできず、ただ在庫がなくなる日を沈思黙考する日々だった。結局、吉野家は、2004年2月11日を最後に牛丼の販売を停止、他チェーンも同様に販売を停止した。

 吉野家はその後に米国産牛肉の輸入が再開されるまで、メニューから看板メニューの牛丼を復活させなかった。しかし、松屋はいち早く豚丼の販売にシフトし、牛丼(牛めし)も中国産牛肉に切り替え販売した。すき家は、豪州産牛肉を使用して、半年後に牛丼を再復活させた。

 牛丼御三家と言われながら、牛丼への熱い思いは、歴史の長い吉野家がやはり一番強かったようだ。

◆失敗から学んだものは大きかった

 輸入停止になり、牛丼業界は大混乱となった。お客さんに販売する牛肉の確保に奔走したものの、米国産牛以外の代替牛の調達が困難になっていたからだ。輸入シェア40%程度あった豪州産を使用する選択肢もあったが、ハンバーガー店のパテ用に使用する牧草飼育の牛がメインだったため、牛丼には適さず、使用を断念した経緯もある。

 吉野家の牛丼は穀物肥育の米国産牛ショートプレート(ばら肉)にこだわり、それでないと吉野家の味にできないとの結論から牛丼を販売しなかった。そして、牛丼の復活は米国産牛肉の輸入再開まで待つという方針を決め、新メニューの開発の取り組んだのである。

 しかし、新メニューの開発は困難で、他のメニューを開発・販売したが、どれも不評で客離れが進み、経営が弱体化していった。牛丼にこだわり過ぎて、米国産牛の輸入再開の目処を見誤り、対応が後手後手になったことは否めない。単一事業でコア商品の食材が入手困難になれば、店を閉めざるを得ないという脆さが露呈してしまった。

 頑なに米国産牛肉にこだわり、在庫がなくなれば販売停止にした吉野家。牛丼への情熱とプライドを捨てきれず、経営危機に陥り、店の継続に苦労した。すき家や松屋が仕入れ先を柔軟に変更するなどしてきたのに対し、吉野家は米国産牛へのこだわりを捨てきれず、米国産の集中仕入れから変更しなかった差が出てしまったのだ。

◆失敗をエネルギーに変えて…

 それ以前にも吉野家は1980年にコスト削減を目的に肉・米・卵などを変更したせいで味に支障をきたし、顧客離反を招いて業績が悪化、会社更生手続きを申請して1987年に完了している。そして、前述したように2003年のBSE問題でも店舗の閉鎖に追い込まれ、業績不振に陥った。

 こういった危機的状態のなかで、学習したことを未来の発展に生かしていき、新たな成長へと繋げている。現在では長期ビジョンに「競争から共創」を掲げ、「人・健康・テクノロジー」をキーワードに飲食業の再定義を行い、力強い成長を目指している。

「人」は、労働集約産業としての外食で、多様な人材が働きやすい環境づくりの徹底、「健康」は、エビデンスに裏付けられたトクホ商品などをお客様に提供する商品開発、「テクノロジー」は、作業効率向上・従業員の肉体的・精神的負担の軽減につながるシステムの構築、とこれらを徹底強化していくと宣言している。

【吉野家の業績推移(決算資料より)2020年2月期~2024年2月期】
売上:2162億100万円→1703億4800万円→1536億100万円→1680億9900万円→1874億7200万円
営業利益:39億2600万円→▲53億3500万円→23億500万円→34億3400万円→79億7300万円
営業利益率:1.8%→▲3.1%→1.5%→2.0%→4.3%

◆直近の業績は回復傾向に

 直近の2024年2月期は、売上1874億7200万円、営業利益79億7300万円と回復傾向だ。なおそれ以外の数値は原価663億6100万円(35.4%)、粗利益1211億1100万円(64.6%)、販管費1131億3700万円(60.3%)となっている。コロナ禍での外食不況の中で、来店客の減少で厳しい経営を余儀なくされたが、テイクアウトやデリバリーで何とか店を維持してきた。

 コロナが収束し、外出制限が解除された今、コロナ前(2020年2月期)の売上には及ばないが、売上は回復傾向にある。原価率は35.4%と標準値(適正原価)を維持しており、高度な原価管理技術を有している。この適正原価は顧客と店が利益を享受し合う最適なバランスから成り立っていることが推察される。

 現在、吉野家(国内1232店、売上構成比67.5%)、はなまるうどん(国内416店、売上構成比15.6%)グループ総数(海外含む)2773店を有する。主な海外進出先は中国北京281店、インドネシア155店となっている。中国への進出が早かったのは米国産牛の輸入停止に伴う代替牛に中国産を検討していたからのようだ。

 日本人の魚離れが深刻で20年間で半減している。一方で、元気な高齢者が増え、肉食シニアが増加中である。牛丼店や焼肉店で肉を頬張るシニアを見ると頼もしい限りである。今後も肉類の需要は伸びそうであり、せっかく伸びるその需要を、取りこぼしのないようにしなければならない。社会に牛肉料理の提供を通じて貢献していく、吉野家のさらなる飛躍に期待したい。

<TEXT/中村清志>

【中村清志】
飲食店支援専門の中小企業診断士・行政書士。自らも調理師免許を有し、過去には飲食店を経営。現在は中村コンサルタント事務所代表として後継者問題など、事業承継対策にも力を入れている。X(旧ツイッター):@kaisyasindan

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