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「入れ墨で肌をもっと可愛くしたい」“高校を特待生で卒業した女性”が20歳で入れ墨を彫るまで

日刊SPA! 2024年7月1日 15時53分

 待ち合わせ場所に現れた女性は、小柄で華奢な体躯を折りたたむように頭を下げた。全身をカラフルに染め上げた入れ墨がどうしても目立つ。氷華さん、現在は都内SM店で女王様をしている。「女王様」「入れ墨」の持つインパクトと裏腹に、丁寧で腰の低い女性だ。
 よく見ると、全身に描かれた絵のタッチは微妙に異なっている。

「尊敬する彫師さんに描いてもらっているんです。これまでで4人、彫ってもらったかな」

 そう言ってシースルーの長袖をまくると、これまでよりくっきりと描線が姿を現した。

◆入れ墨を彫った深い理由はない

「えっ」

 取材が始まってすぐ、思わず頓狂な声を上げてしまった。氷華さんが申し訳なさそうに、こんなことを言ったからだ。

「実は、入れ墨を彫った深い理由はないんです。きっと多くの場合、身体に彫るまでにさまざまな人生の物語があると思うんですが、私はそれが全然ないんですよ。だから、期待はずれなのではないかと思うといたたまれなくて……」

 入れ墨は苦痛を伴う。誰でも気軽に彫れるものではないからこそ、そこに覚悟や誓いという色が滲むことは多い。入れ墨を愛好する人のなかには、人生の辛酸を舐めてきた人も多いだろう。だが目の前にいる氷華さんは、それらとほど遠い人生を歩んできたのだという。それではなおさら、彼女を入れ墨に駆り立て、ここまで魅了したものとは何か――。

◆“全員入れ墨”の三人きょうだいが全裸で…

 氷華さんは大阪府に生まれ育った。兄ひとり、姉ひとりの三人きょうだい。全員年齢が近いこともあって仲が良く、現在も交流が盛んなのだという。

「きょうだい全員、入れ墨がたくさん彫られていますが、不良ではありません。家族全員から存在を恐れられているのは、ひとつも入れ墨など入っていない母ですね(笑)。うちの母は昔から、怒ると必ず木製のハンガーで殴ってくるんです(笑)。

 思い出深いのは、私が20歳を過ぎた頃のこと。帰宅すると、母から『全員、玄関に正座しぃや』と言われました。当時はきょうだい全員、入れ墨がどんどん増えていった時期で、母の我慢も限界に達していたのでしょうね。そのことはすぐにピンと来ました。

 私たちは全員全裸で玄関前に正座させられました(笑)。母のお説教を聴きながら、木製ハンガーでガツンと数発。当たり前ですが、かなり痛かったです。成人を過ぎたきょうだいが揃って玄関先で全裸で正座している図は、なかなかシュールですよね。

 きっと母には『こんなに入れ墨ばかり彫って、将来をどう考えているのだろう』という怒りと焦りがあったんだと思います。母は愛情深い人で、たまに予想もつかない行動をする女性です。私たちはそんな母が好きで、母の日などのイベントは必ずお祝いしています」

◆肌を露出することに抵抗があった

 理想的な家族にも聞こえる。ただ、そこにぎょっとするような入れ墨が彫られているアンバランス。とはいえ氷華さんの入れ墨への入口は、仲の良いきょうだいがみんな彫っているから――という単純なものでもないようだ。

「はっきり自覚したのは小学生くらいのときだと思いますが、半袖の季節になると肌を見られるのが恥ずかしかったんですよね。でも、みんなそんなことは感じずに肌を出していることもわかっていました。たぶん自分がヘンなのだろうという自覚はありましたね。なぜ恥ずかしいと感じるのか、それはわかりませんでした。とにかく肌をそのままむき出しで露出していいものだとは思えなかったんです」

 人と共有できないそうした感覚は、年齢がいくにしたがって強くなっていった。

「中学生のときは、プールの授業を受けるのが嫌で、母に頼んで適当な理由をつけて休ませてもらっていました。サボりとかではなく、肌を露出することに抵抗があったんです。水泳自体は小学生時代に真面目に打ち込んでいたので、むしろ得意なくらいなんです。でも、中学生になるころにはもう、肌を晒すなんて絶対に無理だと拒絶感が強まっていました。もちろん高校生になってからも、スカートの下にジャージのズボンを履いたりして、なるべく肌を見せないように過ごしていましたね」

◆高校は特待生待遇をキープして卒業するも…

 氷華さんのこうした“注文”を母親が受け入れたのは、当時の彼女がそれ以外のことをしっかりとこなしていたからでもある。

「母にはいつも『勉強はちゃんとやるから』とお願いしていました。実際、当時は勉強を熱心にやっていたと思います。高校には特待生で入学し、学費は免除されました。1年ごとに特待生の考査があるので、成績を維持して3年間ずっと特待生をキープし、卒業しました」

 大学受験では西の名門私学・関西学院大学に合格。だがそこで事件が起きる。

「ずっと頑張り続けて、次は大学の4年間勉強をし続けないといけないのかと思うと、気が遠くなりました。今考えると大学は『モラトリアム』などと呼ばれているのだからそんなわけないのですが、当時は固く考えすぎて『私には絶対無理』と怯え、進学を白紙に戻しました。入学金までは支払ったのに、進学を取りやめたのです。このことは当然、母の逆鱗に触れて、例によって木製ハンガーが待っていました(笑)」

◆入れ墨の絵柄は「彫師に任せている」

 20歳を過ぎた頃、氷華さんは尊敬する彫師のもとを訪れ、最初の墨を入れる。彼女にとって、入れ墨とは何なのか。

「おそらく、肌を見られることに抵抗があって、入れ墨で彩ることによってやっと人の前に立てているのだと思います。くわえて、私はインドアの根暗で収集癖があるんです。できるならば好きなものに囲まれてこじんまりと暮らしたい。絵も好きなので、気に入ったタッチの彫師さんの絵を、身体にコレクションしていく感覚なんだと思います。ちなみに、私の方から細かい絵の指定はしません。好きな彫師さんがそのときに私の身体に入れたいと思った絵柄を足してもらうことにしています。私の肌は、入れ墨によってどんどん可愛くなると思えるんです。私にとって入れ墨は、そういうポジティブな思いの表象なのかもしれません」

◆明け方の“場末のBar”で思わぬ出会いが

 現在の職業である女王様へ導かれたのは、大学進学を棒に振り、いくつかの職を転々としていたときだ。

「サービス業をしていた時代、ライバル店にいたカツキさんという男性がいました。不思議な関係で、ライバルで始まった関係なのに友人でもあるという、腐れ縁です。2017年くらいのことだったと思いますが、彼がBarを出すというのでそこで働くことになりました。大阪では有名な、三ツ寺会館という、場末のなかの場末です。

 その店は始発前後の時間になると毎回、スタイルの良い、セクシーなお姉様が数名で来店されるんです。驚いたのは、そのうち居合わせた客を即席の縄で縛り上げたり、いろんな“プレイ”が始まりました。カツキさんに聞くと、彼女たちはSM嬢だとわかりました。私は素直に、『かっこいいお姉さんたちだなぁ』と憧れました。するとお姉様たちも、『SMに興味あるの?』と水を向けてくれました。

 ここまで入れ墨を彫っておかしな話ですが、私は痛がりだし怖がりだし、きっと叩かれるのは向いていないと思ったんです。そこで、女王様の道に進むことにしました」

◆洋服より、食事より、入れ墨で肌をもっと可愛くしたい

 その後、大阪でいくつかの店を経験したのち、上京。大阪時代にはさらに高いレベルのサービスを目指してSMの講習会に自費で参加するなど、意欲的に活動した。氷華さん自身、そうした生真面目さをこんな場面でも自覚する。

「入れ墨を彫る理由としてよくあるのは、リストカットやアームカットの痕跡を消すためというものですよね。ただ、私の場合、痛がりなうえに怖がりで、自傷行為なんてもってのほかなんです。身体の傷を隠すために彫った入れ墨といえば、右手の親指から手首に沿って入っている模様でしょうか。SM嬢の仕事で前立腺を攻めるプレイをやりすぎた結果、腱鞘炎になってしまったんです。そこにお灸をやったら火傷のようになってしまって、不格好なので入れ墨で誤魔化しています(笑)」

 皮膚を治すだけならば入れ墨ではなく医療に頼る方法もあったはずだが、氷華さんはかぶりを振る。

「もちろん医療費がいくらかかるかも調べました。でも、『これだけのお金を出すなら、入れ墨彫っちゃったほうが良いじゃん』と思っちゃんですよね。『そこに投資するなら入れ墨の方がいい』と考える癖は、他の部分にもいえることなんです。たとえば、私はバッグもノーブランドのナイロン製でいいんですよ。財布も姉のおさがりだし、洋服もハイブランドなんて買わないんです。食事にも正直そこまで興味がなくて。そういうお金があるなら、入れ墨で肌をもっと可愛くしたいと思うんです」

◆自分の入れ墨をずっと残しておきたい

 そんな氷華さんのこれからの展望は何か。「そうですねぇ……」とやや間をおいて、彼女はこんな野望を打ち明けた。

「私が死んだら、皮膚だけは残してほしいなと思っていますね。どこかに寄贈するのもいいかもしれないし、とにかく保存したいんです。私の皮膚は私だけのものではなく、彫師さんの魂の結晶が宿っているので、それを多くの人たちに伝えたいと思っています。入れ墨は多くの場合、入れている人と彫った人が亡くなれば、跡形も残りませんよね。でも私の入れ墨は、ずっと残る形にできればなと思っています」

 墨を入れるという行為は、身体と精神の両方に消えない楔を打ち込むようなものだ。背負い込んだ重厚な過去と結びつかない入れ墨はあり得ない。少なくとも、氷華さんに会うまではそう思っていた。

 だが彼女は、そうした“想定”を軽やかに超えて、自らが欲する「可愛い」に全力を傾ける。身体の余白を自由帳のように広げ、好きな絵柄を無邪気に描き足していく。ただ好きなものに囲まれていたいだけ――幼少期に感じた肌への違和感から、決して脱げない着衣を纏った氷華さんは、今たしかに幸せな笑みをたたえている。

<取材・文/黒島暁生>

【黒島暁生】
ライター、エッセイスト。可視化されにくいマイノリティに寄り添い、活字化することをライフワークとする。『潮』『サンデー毎日』『週刊金曜日』などでも執筆中。Twitter:@kuroshimaaki

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