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イーロン・マスクのスペースXが「技術革新を続けられる」破天荒な理由

日刊SPA! 2024年7月1日 8時50分

日本でH3ロケットの打ち上げが進む一方、宇宙開発で快進撃を続けるスペースX。6月6日にも、自社が開発する大型宇宙船「スターシップ」の4回目の無人飛行試験が行われ、宇宙空間への打ち上げ後、無事に地球への帰還に成功させたのも記憶に新しい。
世界中の官民がこぞって開発を進めるなか、なぜスペースXは大きな成果を出し続けるのか。そこには、スペースXのCEOであるイーロン・マスクの存在が大きいと、科学ジャーナリストの松浦晋也氏は指摘する。松浦氏の著書『日本の宇宙開発最前線』(扶桑社新書)から、「スターシップ」の開発の経緯を通じて、同社の躍進の理由について解説する。(以下、同書より一部編集のうえ抜粋)。

◆スターシップの開発は、試験機・スターホッパーから始まった

ファルコン9(※スペースXがISSヘの物資補給を可能にする上で必須となる二段式のロケット)の回収・再利用を、まず実験機グラスホッパーから開始したのと同じく、スペースXはスターシップの開発を、まず垂直離着陸の実験を行う試験機「スターホッパー」の開発と試験から始めた。スターホッパーは円筒形のガスタンクに着陸脚が付き、底面にラプターエンジンを1基装備しただけの奇妙な形をしていた。

ここでまた同社は世界を驚愕させた。スターホッパーは吹きさらしの屋外で組み立てられたのだ。これまで、宇宙用の機器はロケットであれ衛星であれ、機体に塵などが入り込んでトラブルの原因とならないように、空気の清浄度を管理した工場の建屋内で組み立てるのが当たり前だった。が、考えてみればこれもまた合理的なことだった。スターホッパーはせいぜい高度数百mまで上がって降りてくるだけだ。宇宙空間に行くわけではないのだから、推進剤配管やタンクの内側に塵が入り込まないようにすれば、外側の塵は気にする必要がない。それは地上の化学プラントと同じであって、化学プラントと同様に屋外で組み立てても問題はないのだ。
 
スターホッパーは、2019年8月に、高度150mまで上昇しての着陸試験に成功した。

◆合理的な判断の末、でこぼこの機体になった試験機「スターシップMk1」

次に第2段の試験機「スターシップMk1」が製造された。第2段スターシップは、水平の姿勢で大気圏に突入し、最後は横倒しの状態で自由落下してくる。落下時の姿勢は、機体前後4ヵ所に装備した「フラップ」と呼ばれる可動翼で制御する。着陸寸前に2段スターシップは、ロケットエンジンを点火して機体を引き起こし、垂直の姿勢になってエンジンの逆噴射で着陸する。スターシップMk1は、高度10㎞以上に上がり、姿勢変更と着陸の試験を行う予定だった。

スターシップMk1が姿を現すと、また世界は驚いた。機体は、ベコベコのでこぼこだらけだったのである。これも同社の見せる合理性の一例だった。宇宙に行かない試験機なら、機体表面の精度に気をつかって高精度に仕上げるよりも、手早く安く作ったほうがよいという判断だ。

ところがスターシップMk1は、2019年11月にタンクの加圧試験中に破裂して喪失した。が、ある程度の失敗は織り込み済みだった。この時点ですでに次の試験機の製造が進んでおり、しかもそれらは新たに得られた知見に基づき様々な設計変更が加えられ、少しずつ形状が異なっていた。

◆失敗は計画の中に織り込みながら、短期間で試験を繰り返す

ここから、第2段スターシップは、SN(シリアル・ナンバー)という番号で呼ばれるようになった。Mk1の次のSN1からSN3までは、タンク加圧試験中に破裂して失われた。SN4はタンク加圧試験に合格したが、ラプターエンジンを取り付けての燃焼試験中に爆発した。2020年8月、ノーズコーンと可動翼を持たない、タンク形状のスターシップSN5が、150mまで上昇しての着陸試験に成功した。その後SN6も同様の飛行試験に成功。SN7はタンクの試験に使われた。「失敗は計画の中に織り込んでおいて、短い間隔で試験を繰り返し、高速で技術開発を進める」という同社の方針は、スターシップ開発でも徹底していた。

2020年12月、3基のラプターエンジンを装備したSN8が、初めて高度12・5㎞まで上昇し、ついで水平姿勢で落下してエンジンを再点火、機体を引き起こしての着陸試験を実施した。試験は最終段階までうまくいったが、機体引き起こしの姿勢制御がうまくいかず、墜落・炎上した。2021年2月にはSN9を使って同様の試験を実施したが、今度は着陸時に2基を点火する予定のラプターエンジンが、1基点火せず、また墜落・炎上した。同年3月4日のSN10の試験で、第2段スターシップ試験機としては初めて高度12・5㎞からの落下と姿勢制御・着陸に成功したが、漏れた推進剤に火がついて着陸後に機体は爆発した。続く3月30日のSN11による試験は、空中で爆発して失敗。SN12〜14は製造キャンセルとなり、ここまでの試験に基づく改良版のSN15が、2021年5月6日に飛行試験を実施して、初めて完全な着陸に成功した。

急速にスターシップの着陸試験が進んでいた2021年4月、NASAは国際協力の有人月探査計画「アルテミス」で使用する月着陸船として、第2段スターシップを月面向けに改造した「スターシップHLS」を選定した。スペースXは、ファルコン9で掴んだ勝ちパターン——国からの大規模な補助金を使って野心的な打ち上げ機を開発する——を、スターシップでも再現することに成功したのである。

◆3回目の打ち上げで、試験機が地球周回軌道に到達
 
着陸試験に成功したスペースXは、続けて第1段「スーパーヘビー」と組み合わせた実機打ち上げ試験に進んだ。ここからは、第1段スーパーヘビーは、「ブースター」、第2段スターシップは「シップ」と呼ばれるようになった。

2023年4月20日の初号機試験は、スーパーヘビーは回収せずにメキシコ湾に落とし、地球周回軌道に入った第2段スターシップは、太平洋上空で大気圏に再突入してハワイ沖に着水、水没して投棄する予定だった。打ち上げにあたって、エンジンは、改良されてより強力になった「ラプター2」が使用された。打ち上げ時に33基もの強力なラプター2エンジンの噴射によって射点設備が激しく損傷。打ち上げ後約2分から姿勢を崩し、機体は縦に回転し始めた。第2段の分離は不可能になり、打ち上げ後4分で機体は地上からの指令で破壊された。

打ち上げ終了後、イーロン・マスクはSNSのTwitter(現X)で“Learned a lot for next test launch in a few months.”(数ヶ月後の次の打ち上げに向けて多くを学んだ)というコメントを発表した。

◆必要に応じて改良する、という基本方針

2回目の試験は、初号機の失敗から7ヶ月後の2023年11月18日に実施された。2号機打ち上げ試験でも、初号機同様、1段は分離後に機体の姿勢と速度を制御しつつ落下して、カリブ海に逆噴射を使って軟着水、2段は地球をほぼ一周して大気圏に突入し、着陸動作を模擬しつつハワイ沖合の海上に同じく軟着水する予定だった。射点設備には強力な散水設備が新たに装備された。打ち上げ数秒前から大量の水をスーパーヘビーの直下に散水してラプターの噴射を受け止め、射点の損傷を防ぐというものだ。

ここでも「必要に応じてどんどん改良を加える」というスペースXの技術開発の基本方針が発揮され、2号機では、新たに第1段分離直前から第2段エンジンに着火する「ファイヤ・イン・ザ・ホール(FITH)」という動作シーケンスを採用した。

◆爆発で機体を失っても、Xに投稿された「おめでとう」の一言

ロケットは上昇する間ずっと重力に引かれている。このため一気に加速して上昇時間を短くしたほうが重力によるエネルギー損失が少なくて済み、打ち上げ能力が向上する。通常ロケットの段間分離は、エンジンを止めた状態で分離し、安全が確保できるまで十分に離れてから上段のロケットエンジンを着火する。この方法では、数秒から数十秒、無動力で重力に引かれて落下する状態になるのでその分打ち上げ能力が落ちる。FITHは無動力の時間をゼロにすることで打ち上げ能力を向上させる手法だ。
 
2号機ではスーパーヘビーは第2段の分離まで完全に動作した。新たにFITHを採用した第2段分離も成功。しかしスーパーヘビーは、分離後、姿勢制御を行って逆噴射しつつメキシコ湾に着水する予定が途中で爆発して喪失。第2段は途中まで完璧に動作したが、途中でエンジン燃焼が不調に陥り、飛行継続は不可能と判断した搭載コンピューターが自律的に機体を破壊した。

X(旧Twitter)のスペースX社アカウントは、「全スペースXのチームに、スターシップのエキサイティングな2回目の飛行試験、おめでとう。スターシップは、スーパーヘビー・ブースターの33基のラプターエンジンの力で離陸し、第2段分離を通過した」というポストを書き込み、技術的に大きな前進であったという認識を示した。

◆成功の一因は、スペースXならではのテンポの速さ

スペースXのやることはとにかくテンポが速い。第3回の試験は、2回目から4ヶ月後の2024年3月14日に実施された。

今回は完全に打ち上げを成功させ、第2段は地球周回軌道に乗った。第2段は軌道上で、ペイロードドアの開閉試験及び、推進剤のタンク間移送試験を実施。飛行中の第2段との通信は、NASAのデータ中継衛星システム(TDRSS)と、スターリンクとの2系統で行った。ここで注目すべきはスターリンクによる通信で、地球をほぼ一周する間、船内外の鮮明な動画像を、途切れることなく中継し続けた。第2段は大気圏再突入時の姿勢制御に失敗、そのまま大気圏に突っ込んで破壊した。

さらに、3ヶ月と空あけずに2024年6月6日には、第4回打ち上げ試験を実施。スーパーヘビーはメキシコ湾へ逆噴射で減速しての軟着水に成功。第2段もまた姿勢を崩すことなく大気圏に再突入した。空力加熱で姿勢制御用の「フラップ」と呼ばれる小翼が破損したものの、最後まで姿勢を維持し、エンジンも点火して逆噴射に成功。オーストラリア大陸北西のインド洋に軟着水した。初号機の爆発から1年1ヶ月、長足の進歩と言うほかない。

2018年の開発開始から6年で、スペースXは一私企業ながら、「サターンV」を超える巨大ロケットを、とにもかくにも打ち上げることに成功したのである。

<文/松浦晋也>

【松浦晋也】
ノンフィクション・ライター。宇宙作家クラブ会員。1962年東京都出身。日経BP社記者を経て2000年に独立。航空宇宙分野、メカニカル・エンジニアリング、パソコン、通信・放送分野などで執筆活動を行っている。『飛べ!「はやぶさ」 小惑星探査機60億キロ奇跡の大冒険』(学研プラス, 2011年)、『はやぶさ2の真実 どうなる日本の宇宙探査』(講談社新書, 2014年)、『母さん、ごめん。 50代独身男の介護奮闘記』(日経BP, 2017年)など著書多数。

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