Infoseek 楽天

日本が「宇宙予算へと政府資金を投入すべき」理由。10年間で1兆円でも足りない

日刊SPA! 2024年7月2日 8時51分

宇宙開発は多くの国家が取り組むべき重要課題のひとつである。その上で当然ながら欠かせないのが、開発資金だ。事実、スペースXの躍進も、アメリカ政府による宇宙事業への補助金制度による影響は少なくない。このアメリカのモデルに追いつくべく、2024年から日本でも「宇宙開発基金」という補助金計画がスタートしている。
これに対して、「宇宙開発基金が日本の新たな宇宙開発の起点となるのでは」と指摘するのが、科学ジャーナリストの松浦晋也氏だ。松浦氏の著書『日本の宇宙開発最前線』(扶桑社新書)から、宇宙開発基金の意義やスペースXの軌跡から見る日本の宇宙開発の課題について、解説する。(以下、同書より一部編集のうえ抜粋)。

◆スペースXの躍進を生んだアメリカを見て、日本でも補助金制度が始まる

アメリカは、2000年代後半からのCOTS、CCDeVという2つの大規模補助金計画が成功したことで、それまでの「国が主体となって基本の技術開発から実際の宇宙活動までの宇宙計画を実施する」から、「補助金を出して民間に技術を開発させ、国はユーザーとして民間が販売する宇宙活動をサービスとして購入する」という方向に舵を切りつつある。補助金でスペースXのような新たな企業が成長すれば、それは国力の源泉となる。ボーイングに代表される従来の航空宇宙産業に護送船団方式で従来型の官需を分配して維持する一方で、挑戦的な補助金計画でニュースペースと呼ばれるベンチャー企業を育成していけば、それだけアメリカの国際競争力は強化されるというわけだ。

日本もまた、アメリカを追う形で2024年から「宇宙戦略基金」という補助金計画をスタートさせた。「宇宙関連市場の拡大」「宇宙を利用した地球規模・社会課題解決への貢献」「宇宙における知の探究活動の深化・基盤技術力の強化」という3つの目標を掲げ、基礎研究から実用化に至るまでの幅広い分野に、今後10年間で1兆円の補助金を支出するというものだ。全体は第1期から第3期までに分かれており、最初の第1期では3020億円を支出する。文科省分が1500億円、経産省分が1260億円、総務省260億円だ。これら3官庁がテーマを選定し、資金を配分。JAXAが、事業者選定の実務、選定された事業者の目標の達成状況の監査などの、補助金計画のマネジメントを担当する。

選定された分野を見ていくと、かなり幅が広く、2008年以降の体制改革と宇宙利用の15年間で立ち遅れてしまった日本の宇宙技術を底上げしようとする意志を見て取ることができる。

◆10年間で1兆円の資金。だが、アメリカには遠く及ばない

日本の宇宙開発は、1955年のペンシルロケット発射実験を起点とするならば、1990年までが「創生と成長」、スーパー301から中央官庁統合、宇宙三機関統合によるJAXA発足を経て、2008年の宇宙基本法制定までが「停滞と混乱」、宇宙基本法制定から内閣府を中心とした体制の発足と宇宙利用の推進を「利用への傾斜と技術開発の停滞・遅滞」、と3期に分けることができるだろう。

私は、この「宇宙戦略基金」によって、新たな第4期が始まると考える。第4期にキャッチフレーズを付けるなら「民間宇宙活動の増加」であろうか。

あるいはそう名付けるのは早計かもしれない。10年で総額1兆円という額は一見大きいが、アメリカ政府が宇宙分野に出している補助金に比べると、相変わらず小さい。

◆日本はもっと宇宙予算へと政府資金を投入すべき

1980年代以降、日本の宇宙予算は、おおよそNASAの1/10、かつアメリカの場合ほぼNASAと同額を安全保障分野でも支出しているので、予算総額では1/20という状態が続いてきた。

補助金額で比較しても、スペースXが、アメリカ主導の有人月面着陸計画「アルテミス」の月着陸機「Human Landing System(HLS)」の開発で受け取る補助金はそれだけで35億ドルである。宇宙戦略基金の第1期分の総額を軽く超えるのだ。

日本の宇宙開発は、この絶望的に大きな政府投資の差をひっくり返さねばならない。
「ここまで差があると、ひっくり返すのは無理だ」という意見も出てくるだろう。が、まずひっくり返す意志を持たないことには、そもそも追いつくことすら覚束ない。1955年以来、日本の宇宙開発は「追いつけ追い越せ」で走ってきた。1990年頃、一瞬追いついたかに見えた時期があった。が、2024年の現在、また「追いつき追い越せ」で走らねばならない状況にある。

ではどうしたらいいのか。

◆「火星に人類文化のバックアップを作る」というイーロン・マスクの野望

彼を知り己を知れば百戦殆からず――は孫子の兵法だが、まず2002年の起業から20年余りで世界の宇宙開発を根本からひっくり返すまでになったスペースXがどのような企業かを理解する必要がある。

スペースXは普通に考えるような営利企業ではない。
同社のトップに立つイーロン・マスクは経営者ではなく預言者だ。別の言い方をすれば「狂気の人」である。彼には彼にしか見えない確たるビジョンがあり、そのビジョンを実現する手段がスペースXなのである。

火星に人類文明のバックアップを作る――火星植民が彼の目標である。「狂っている」と思われるかもしれないが、スペースXは確実にこの目標に向かって動いている。

◆スペースXを駆り立てているのは“狂気”だ

まず第一歩として、小さなロケット「ファルコン1」を作る。火星植民にはもっと大きなロケットが必要になる。だから「ファルコン9」を作る。火星植民にはより低コスト、より高頻度にロケットを打ち上げる必要がある。だからファルコン9の第1段を再利用化する。

火星植民のためにはより大きなロケットが必要だ。だから「スターシップ」を開発する。スターシップ開発には莫大な資金が必要だ。その資金をファルコン9を使って稼ぎ出す必要がある。だから、宇宙利用の中でも確実に利益を生む宇宙通信分野に進出する。それも非常に多くの衛星を打ち上げる必要があるので、これまでうまくいかなかった通信衛星コンステレーション分野に出て行く。それが「スターリンク」だ。その上で、本気で火星を目指す超巨大ロケット「スターシップ」の開発を加速する。スターシップを使えば、より高機能な次世代スターリンク衛星の打ち上げが可能になる……。

これは狂気以外の何物でもない。しかし、この狂気は、その節々で冷静な計算に裏打ちされている。狂気であり妄執であるが故に、スペースXは目的達成のために最適の手段を選択し続けている。彼らの手持ちの技術を検討していくと、そこには技術的な必然性しか存在しない。

「メーカー間で官需を分配して売上を立てる」とか「手持ちの技術が多少最適ではなくても、政治力を発揮して売り込む」とか「計画が遅延しても、その遅延に合わせて予算が大きくなれば、それだけ長期の売り上げが立つから問題はない」といった、今までアメリカの航空宇宙や防衛産業が使ってきた人間社会の手練手管、あるいは価値観は、スペースXには通用しない。

◆官需でのシェア拡大は「火星植民」への最短手段に過ぎない
 
スペースXはイーロン・マスクの狂気のままに、最善・最適の手段を最短距離で採用して目的に進んでいる。スペースXが官需でシェアを取るのは、経営者が株主に厚く配当し、多額の報酬を受け取るためではない。火星植民という目標に最短距離で進むために必要となる収益を上げるために過ぎない。
 
この「驀進する狂気」に、国際宇宙ステーション(ISS)への物資輸送船の補助金計画COTSや、ISS乗組員輸送有人宇宙船補助金計画CCDeV、さらにはアメリカ主導の国際協力による有人月着陸計画「アルテミス」での補助金といった、莫大な補助金が落ちた結果として、今のスペースXがある。

“彼らは火星植民という目標に向けて、最善と信じる手段を選択し、最短距離で走ろうとしている”

そのことを肝に銘じた上で、日本は宇宙政策を進める必要がある。

<文/松浦晋也>

【松浦晋也】
ノンフィクション・ライター。宇宙作家クラブ会員。1962年東京都出身。日経BP社記者を経て2000年に独立。航空宇宙分野、メカニカル・エンジニアリング、パソコン、通信・放送分野などで執筆活動を行っている。『飛べ!「はやぶさ」 小惑星探査機60億キロ奇跡の大冒険』(学研プラス, 2011年)、『はやぶさ2の真実 どうなる日本の宇宙探査』(講談社新書, 2014年)、『母さん、ごめん。 50代独身男の介護奮闘記』(日経BP, 2017年)など著書多数。

この記事の関連ニュース