Infoseek 楽天

「暑くて臭くて死にそう」トイレ清掃員の過酷な労働現場。大便のついたトイレットペーパーが汚物入れに入っていることも

日刊SPA! 2024年7月2日 15時53分

 会社や役所、駅、学校のトイレで清掃員を見かける。小便、大便を体から出すのは人が生きていくうえで極めて大切で、最も基本的なこと。だが、新聞やテレビ、雑誌ではその最前線にいる清掃員を大きく報じることは少ない。
 そこで今回は、有名私立大学で清掃員として働く女性にスポットを当てる。彼女への取材をもとに職場の様子や働く人たち、仕事の内容、仕事をするうえでの思いに迫ってみた。

◆夏の女子トイレは、汚物のニオイが充満

 6月上旬の午前5時50分、都内中心にある有名私立大学のキャンパス。偏差値は、ここ30年で大きく伸びた。35年程前に建てられた校舎の地下2階の一室に清掃員25人がいる。中心に、40代の所長と30代の副所長が立つ。中堅の清掃会社の正社員であるこの2人が、注意事項を話す。55分に23人のパート社員がそれぞれぞれの担当エリアに一斉に向かう。各教室と廊下、トイレ、階段、食堂、図書館、ホール、講堂、会議室だ。

 所長は、よく言う。「ここの学生は、リテラシーが高い。自分が10年程前に担当していた私立大学よりも偏差値がはるかに高い。優秀な学生が多いから、トイレの使い方も比較的きれい。多少汚かったとしても、こらえてほしい」

 今回話を聞いた小林なつみさん(仮名・48歳)が担当するのは6階と7階の男子、女子トイレ。中学生と高校生の2人の子どもの学費を捻出するために3年前から週6日(月~土)、午前6時から9時まで働く。時給は、1250円。1か月で8万円前後の収入となる。50代の夫は、零細中小企業に勤務する。

◆子供の学費のために仕事を辞められない

 パート社員23人の平均年齢は、73歳。ミャンマーからの留学生を除き、ほとんどが年金暮らしで「孫にお小遣いをあげるために働いている」と誇らしげに語る。生活費を稼ぐために働くのは、数人しかいない。その1人が、小林だ。

 14人が女性で、そのうちの10人が1階から13階までのトイレを担当する。小林はほかと比べて若いこともあり、担当するトイレは多い。時給は小遣い稼ぎに来ている70代の怠慢なパート社員と同じだ。小林の1つの不満は、ここにある。

 6~8月は、女子トイレは臭いが充満する。汚物入れに使い捨ての生理用品があり、臭いが小林の髪の毛や皮膚にしみつく。まして、教職員や学生が来る8時半までは大学は経費削減と称して冷房をつけない。トイレ担当のパートの女性社員たちは口をそろえて「暑くて、くさくて死にそう」と言う。仕事はキツイ。しかも賃金が低いから2~3年で辞めていく。小林も辞めたいが、そうはいかない。子どもの学費をつくらないといけない。

◆ウンチがついたトイレットペーパーが散乱

 最も困るのは、6階の女子トイレだ。特に汚物入れにトイレットペーパーにウンチがついたものがつっこまれている時。清掃の所長によると、「多くはアジアやアフリカからの留学生」らしい。アジアやアフリカのある国々の留学生がよく利用する階のトイレで目立つのだという。ほかの階のトイレでは少ない。

 15年程前からこの大学への留学生が増え、現在は全学生の約3割になっている。6~8割はアジアやアフリカ諸国だ。大学の職員が清掃の所長に話したところでは、アジアやアフリカからの一部の留学生の母国の下水道事情は日本に比べると問題が多く、トイレに流すとペーパーがつっかえるらしい。そこで、汚物入れにつっこんでいるようだ。

 汚物入れは、血をたんまりと吸い込んだ生理用品とウンチがついたトイレットペーパーであふれかえり、周辺に散乱する日もある。小林は「留学生なりに気を使い、汚物入れに入れているのかもしれないが、生理用品とウンチの臭いと暑さで、気が変になりそう」とこぼす。四つん這いになり、ビニール手袋でつかんだスポンジでウンチがついたタイルをふく。タイルを傷つけないようにしながら、ウンチをとるのが大切なのだという。

 小林が話す。「ウンチが残ったままだと、見回りに来る大学職員が所長に苦情を言う。今度は、所長がパート社員に指摘する。苦情が繰り返されると、パート社員を辞めさせる」

◆ウンチまみれの女子トイレ

 6階の女子トイレでは、ウンチが便座や便器の周辺に飛び散っている時もある。小林は、つぶやく。「どういうスタイルで座っているんだろう。便座にまたがったり、足を乗せたりしてウンチをしているのかな」。横の壁に飛び散っている時もあった。なぜか、下のタイルのところどころにパンの食べかすが落ちている。小林は「便器に座り、食べているのかな」と話す。

 ウンチを流していないこともあった。女子トレイではあるが、太くて、長く、しかも黒々としている時が多い。男子のトイレよりも大きい場合もあった。便器についたものは取っ手のついたブラシでこすり落とす。それでも落ちない時、ビニールの手袋をしてこすりはがす。

 出入り口付近に手を洗うところが5つあり、その前にあるのが大きな鏡だ。ここに、口紅で文字をうっすらと描いた跡が残っている。小林は「アジアやアフリカの国の言語みたい。異国の地でさびしいのかな」とつぶやく。

◆納豆とかん腸、ウンチがミックスされた臭い

「いい加減にしろ!」と大声を出したくなるのは、7階。この階は、大学院生の教室と教授たちの研究室が40程並ぶ。男子トイレでは大便器のすぐ下にペットボトルが転がり、中にティシュペーパーがつっこんである。それが、何に使われたのかは小林にはわからない。さらには、使用済みのかん腸が、便器の下に捨ててある。酢のような強烈な臭いがする。

 小林は、以前にこのトイレを担当していた70代の女性にペットボトル、ティシュペーパーやかん腸について聞いたことがある。パート社員は「この階は勉強ばかりしているから、社会常識が欠落した人たちが多いの」と答えていた。それを思い起こしながら、ビニール手袋をはめてかん腸を拾う。不思議と、女子トイレには1つもない。「便秘になるのは、女のほうが多いはず」と誰もいないトイレでつぶやく。

 大便器のそばに納豆のパックが落ちている時があった。なぜ、トイレで納豆を食べるのかは謎だ。気持ち悪いのは、納豆とかん腸、ウンチがミックスされた臭いが充満している時。吐きそうになり、「もう辞めたい」とつぶやきたくなる。

◆「この大学に子どもたちが入ってくれたら」

 勤務を終えると、自転車に乗り、家に向かう。10分程でつく。その時間は夜勤勤務の夫がいる日が多い。「臭いと菌がついているから、シャワーで洗ってから飯をつくってくれ」。夫のモラハラにイラっときながら、体を洗う。確かに全身に酢のような臭いが染みついているのは、間違いない。夫はどうでもいいが、子どもたちに悪いから念入りに洗う。

 この仕事をするようになってから熱が出ることが増えた。3年間で5回程だ。突然、38度前後になり、数日続く。それでも出社する。休めない雰囲気なのだ。病院に行くと、医師が「感染しているから、熱が出た可能性がある。汚いものに触ったりしていないか」と尋ねてくる。小林の手や腕、頬(ほほ)が赤くなったり、皮膚がただれているからだ。

 小林は「毎日、ウンチやかん腸に触る」とは言っていない。いや、言えない。だが、いつまでこの仕事を続ければいいのだろうとは考え込む。とはいえ、学費を稼がねばならない。

 清掃の最中、よく思う。「この大学に子どもたちが入ってくれたら……」。廊下や階段を歩くと、通り過ぎる学生が時々、「ありがとうございます」と声をかけてくれる。深々と会釈をしてくる学生は多い。わずかにうれしくなる。身なりや格好も都会的で、洒落ている。言葉遣いは、丁寧だ。教職員は横柄だが、学生はすばらしい。息子や娘がここのキャンパスを歩く姿を想像しながらウンチや生理用品、かん腸と格闘し、汗と血まみれの日々を送る。

<取材・文/村松 剛>

【村松 剛】
1977年、神奈川県生まれ。全国紙の記者を経て、2022年よりフリー

この記事の関連ニュース