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石橋静河の“濡れ場を運動に変換する”資質に驚き。出演作品を見た記者は「現代のロマンポルノ」だと思った

日刊SPA! 2024年7月2日 15時50分

地方から上京してきた主人公が、ある裕福な夫婦に卵子提供する。『燕は戻ってこない』(NHK総合・毎週火曜日よる10時放送)は、それだけで十分ソーシャルな物語だが、石橋静河が演じることでさらに踏み込む。
いい演技だなんて軽々しく言うと野暮になる。良いか悪いかではなく、ただただ生々しい人。それが石橋静河だと思うからだ。

イケメン研究をライフワークとする“イケメン・サーチャー”こと、加賀谷健が、石橋静河のロマンポルノ的資質を解説する。

◆ゾクッとするほど生々しい微笑が連動

病院の事務職。手取りは14万円。家賃や光熱費などを引いたら、残りは1万円くらい。それを貯蓄に回そうにも先の見えない不安にただただ、ため息が出る。前職の介護職に戻ろうとも思わない。大石理紀(石橋静河)は言う。「腹の底から金と安心がほしい」と……。

そんな彼女に同僚・テル(伊藤万理華)が、卵子を提供するエッグドナーで稼げる方法を教える。教えると言うより、自分は登録したから一緒にやろうよとゴリ押しする。テルは、奨学金の返済が500万円あり、風俗店でも働いている。ふたりが生々しい会話をするのは、コンビニのイートインスペースだが、「たまには外食もいいよね」とテルは言う。理紀の昼食は、カップ麺とおにぎりで「炭水化物祭り」。まずおにぎりをがぶり。三角形が台形型になる。このひと口が何だか妙に生々しい。

テルは大き目のカレーパンを食べたあと、シュークリームの袋を開ける。半分にわって理紀に渡す。台形型になったおにぎりが残された状態で、渡されたシュークリームをパクり。「ウマッ」と短く発して一瞬微笑する。やっぱり生々しい。どうしてこんなにと不思議に思うくらい。石橋静河と食べ物の組み合わせがそうさせるのだろうか? あるいはその微笑が刹那的だからだろうか? いずれにしろ、ゾクッとするほど生々しいこの微笑は、そのあとの場面でも連動する。

◆食べ物そのものが生々しい

帰宅した理紀が発泡酒をすする。スマートフォンを立て掛けて、動画を見ていると、一件の通知が。開くと(ボタンを押す瞬間が3カットも繰り返され、さすがにクドいが)、生殖医療専門エージェンシー「プランテ」のサイトだった。彼女の心は決まった。すぐにエッグドナー登録フォームから情報を入力していく。動機には、「人の役に立ちたい」と打ち込む。自分で打った内容にフッと冷笑気味に微笑する。うーむ、今度は食べ物ではないが、石橋静河の微笑がじわじわ連動している……。

翌朝、出勤準備でバタバタしている。その日は弁当を作ってある。白米に海苔を敷いて、その上にたらこが1尾乗っている。無造作に置かれていると言った方がいい。薄暗いアパートの台所で、たらこがグロテスクに光る。食べ物を口にした微笑だけでなく、食べ物そのものが生々しく写る。

このたらこ、そのあとの場面のしたたかな伏線になる。急いで出勤しようと、自転車を出す理紀だが、隣人・平岡(酒向芳)がやって来る。自分の自転車を汚しただろうといちゃもんをつけてくるのだ。とにかく急いでいる理紀に対して平岡はしつこい。隙をついて自転車を発進させるが、後ろから追ってくる。弁当は置いてきてしまう。

◆たらこ弁当が伏線に…

その夜、帰宅すると、部屋のドアに弁当がかかっている。中身は、空。平岡がたらこ弁当を食べたのだ。するとドアを何度もノックする音が。外から「次はあんたのたらこ入れてよ」と不気味に連呼する。ゾクッとどころか、ゾッとすり気持ち悪さ。でもまさか理紀が食べられなかったたらこの連想として、卵巣(たらこ)→卵子へ飛躍するとは思わなかった。

これが本作最大のテーマである卵子提供のライトモティーフとなるのだ。理紀が提供するのは、もちろん平岡ではなく、世界的バレエダンサーの草桶基(稲垣吾郎)とイラストレーターの草桶悠子(内田有紀)だが。第3回、プランテの青沼薫(朴璐美)を介してホテルで会食が行われ、初対面した理紀は、報酬1000万円と引き換えに卵子提供契約を結ぶ。その日分として5万円が入った封筒を渡された理紀が、その足で向かったのが(スターバックス的な)カフェ。

持ち帰りで季節限定のドリンクを注文する。手取り14万円のこれまでなら、コンビニのサンドイッチひとつ手が届かなかった。外に出た彼女がドリンク片手に、自撮りするとき、初めて明るい表情で微笑む。微笑みの連動として微細な偏差を表現する石橋静河があまりに素晴らしく、あまりに可愛らしい。おにぎりやたらこなどの食べ物が飲み物へ変わる流動感もいい。

◆身体の微動と心の激動

では、それがどこに流れるかと言うと、5万円を元手に理紀が次に利用するのは、女性用風俗なのだった。待ち合わせ場所にやって来たセラピスト・ダイキ(森崎ウィン)は、なかなかの好青年。すぐにホテルに移動したものの、風呂に入るのをためらい、たどたどしくしてしまう。施術時間がただ過ぎる。理紀が言い放ったのは、「嫌なことは絶対にしないって変ですね。女が身を売るときは命の危険もあるのに」。いきなり本質に迫る。ゾクッとズバッと。

でもやっぱり身体が動かない。しくしく泣き始めた理紀に沖縄出身のダイキが「煮いきらんに」と言う。北海道の北見から「変われると思ってた、あの町を出れば」と思って上京してきた理紀にとっては、救いの一言というか、同じ地方出身者のリアルな手触りが彼女の心を優しく開き、風呂に促す。入浴後、いよいよ施術が始まる。何とも言えないリラックスした状態。あっという間のアロマ体験だが、「セックスしてもらえませんか?」と聞く理紀に対してダイキは、「えっ?」と聞き返す。

その言葉を聞き入れたダイキは、時間外のサービスを施す。理紀は身も心も解放されていくのを静かに感じながら、彼の大きな背中を強く抱く。このベッド上にも微笑みが連動するように、彼女の身体は微動する。

翻って第5回。草桶夫妻との契約を履行する中、理紀は地元に一時帰る。黙って来てしまったことで、基からこっぴどいお叱りメールが届くが、何だかむしゃくしゃした理紀は、以前の職場の上司・日高(戸次重幸)の誘いを受けてホテルに行く。東京のど真ん中で施術を受けたホテルとはまるで違う。田舎の町外れにポツンと一軒。行為の内容も違う。海老反りの勢いで雄叫びをあげる日高に対して理紀は微動どころか、微動未満。ただ心の中で「あぁ、もう」を繰り返す。東京では身体が自然と気持ちよく微動したが、地元では心が激動する。

◆“濡れ場を運動に変換する”資質

同じベッドシーンでも石橋静河は、こうもダイナミックな静と動のコントラストで表現出来るのだ。日高との行為では、心の激動が濁流になって、「もっかい、いい?」とまさかの二回戦へ。これはもはや単なる性的行為を超えている。そうだな、石橋静河的な運動とでも形容したらいいだろうか?

それで言うと、これは現代のロマンポルノだと思う。正確には、現代で解釈されたロマンポルノ。倒産後に再建された日活が1971年から始めた路線である同ジャンルは、神代辰巳の『濡れた欲情・ひらけ!チューリップ』(1975年)など、性の躍動を運動そのものとして捉えるものだった。日活ロマンポルノ45周年を記念した塩田明彦の『風に濡れた女』(2016年)は、現代的なアップデート版であり、男女の肉体が取っ組み合う肉弾戦が次から次へ流転し、気づけば物体と物体が接合され官能的な運動体にトランスフォーム……。みたいな画期的作品だった。それは『抱きしめたい -真実の物語-』(2014年)のような純愛映画でさえ、塩田監督の演出だと、メリーゴーランドの上下運動によってキスシーンへ移行するという具合に。

つまり、ロマンポルノ的資質とは、濡れ場を運動に変換する才能のこと。石橋静河もその系譜にある人で、変に淫らに身体を火照らせることなく、まずは物体として生々しくそこにある。官能的物体にトランスフォームする瞬間を今か今かとほとんど平常心で待ち構えているように見える。さすがの実力派である。それは例えば、伊藤健太郎との共演でリメイクされた『東京ラブストーリー』(2021年)でもきちんと折り目正しく、でもつややかに写っている。

同作では、『燕は戻ってこない』と打って変わり、東京の女性を演じている。第1話冒頭から吐息ダダ漏れのベッドシーンに挑み、その濡れ場のあと、東京の夜景が広がるホテルの窓の前に佇む赤名リカ(石橋静河)にカメラが寄り、「石橋静河」のクレジットとともにフワッと窓ガラスに顔が写る瞬間には、思わずゾクッとする(さすが三木康一郎監督の演出である)。

そう、石橋静河とは、やっぱりゾクッとする俳優なのだ。「キスしよっか」と涼しい顔してさらりと言ってのけ、『いちごの唄』(2019年)の笹沢コウタ(古舘佑太郎)同様に電子レンジの前で温めを待つ系男子である永尾完治(伊藤健太郎)を引き寄せる類似性。いざキスをすると、ちょっと微笑んだあとに、伊藤健太郎の下唇に自らの上唇を引っ付かせた高低差を爽やかなねっとり感で持続させてみせるという、したたかな細やかさは、石橋静河的な運動の豊かな変奏だろうか。ほんとゾクッとする。いや、ゾッとするくらい魅力的な才能の持ち主ではないだろうか?

<TEXT/加賀谷健>

【加賀谷健】
コラムニスト・音楽企画プロデューサー。クラシック音楽を専門とするプロダクションでR&B部門を立ち上げ、企画プロデュースの傍ら、大学時代から夢中の「イケメンと映画」をテーマにコラムを執筆。最近では解説番組出演の他、ドラマの脚本を書いている。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業。Twitter:@1895cu

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