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5060億円市場を3社が競う牛丼チェーン。“松屋外交”で各国大使も絶賛する松屋の強さの秘密

日刊SPA! 2024年7月3日 8時52分

 牛丼チェーン「松屋」(松屋フーズ)の意外な活動が、外交を円滑化させるきっかけになっている。東欧ジョージアの「シュクメルリ」などの名物料理を販売し、食べたことのなかった日本人から好評を得て、SNSでは欧州各国の大使たちから自国の料理も作ってとリクエストが殺到しているそうだ。
 そもそも、 松屋は牛丼(牛めし)を主力商品とし吉野家やすき家と牛丼御三家を形成しながらも、カレーや豊富な定食メニューなどで吉野家とすき家との違いをアピールしていた。市場規模5060億円の牛丼チェーンにおいて吉野家・すき家・松屋の牛丼御三家がシェア88%と寡占化状態(富士経済外食マーケティング便覧2023)。その中で独自のポジションを築く松屋フーズの業績を分析した。

◆コロナで赤字も黒字転換した松屋フーズ

 特にカレーは創業者のこだわりが強く、本腰を入れていたため絶対的な自信を持っていたようだ。確かに松屋のカレーは美味しく、開始時は価格も290円と安かった。カレー好きが多い日本では連日通うお客さんもいたようである。また、松屋は豊富な定食が他店との差別化になっていた。

 通常、メニューが広がり品揃えが増えると食材のムダや管理コストが上り、原価率が高騰しやすいが、松屋は原価率33.6%と安定しており、商品管理と在庫管理が徹底されているようである。

【松屋フーズホールディングスの業績(2019年3月期~2023年3月期)】
売上高:981億5800万円→1065億1100万円→944億1000万円→944億7200万円→1065億9800万円
売上総利益(売上高比率):659億3100万円(67.2%)→713億9200万円(67.0%)→626億6700万円(66.4%)→615億1200万円(65.1%)707億3500万円(66.4%)
営業利益(営業利益率):38億8400万円(4.0%)→50億7900万円(4.8%)→▲16億8300万円(▲1.8%)→▲42億円(▲4.4%)→14億6800万円(1.4%)
経常利益(売上高比率):41億8200万円(4.3%)→54億3800万円(5.1%)→3300万円(▲99.4%)→63億9800万円(6.8%)→39億1400万円(3.7%)
当期純利益(売上高比率)21億9700万円(2.2%)→26億400万円(2.4%)→▲23億7600万円(▲2.5%)→11億500万円(1.2%)12億5500万円(1.2%)
FL比率:67.0%→66.7%→68.3%→68.6%→65.8%

 松屋の業績を時系列でみると、コロナ禍で2期連続(2021年3月期、2022年3月期)の赤字だったが、コロナが収束しつつあった前年(2023年3月期)は低いながらも1.4%と黒字に転換している。

◆顧客は満足しても店の負担は大きい定食メニュー

 費用構造を見ると、原価率は33.6%と標準並みだが、外食の重要指標であるFL比率(売上原価と人件費の売上高に占める割合で60%以下が最適)は65.8%と標準を上回っており、ここに若干の問題があると推察する。

 定食メニューがよく出るとオペレーションが煩雑になり、原価費用だけでなく調理作業も複雑になり、労務コストの負担も大きくなる。メニューの入れ替えが活発な松屋の商品政策は、顧客は満足しても店の負担は大きいのが実情である。商品が多品種化している中では、効果と効率の観点から、より原価率の安定と作業の効率化による人件費の削減を念頭に全体最適化を追求したほうがいいだろう。

【松屋フーズホールディングスの最新業績(2024年3月期決算)】
売上:1276億1100万円
営業利益:53億2200万円
営業利益率:4.2%

 2024年3月期決算を見ると、売上は、既存店売上が前年比114.4%と、前年を上回ったことに加え、前年度以降の新規出店等による売上増加分が寄与したことにより、前年同期比19.7%増の1276億1100万円となった。原価率は前年の33.6%から34.2%と上昇している。

◆経営効率の面では吉野家に若干劣る

 売上増加により固定費の比率が低下したことにより、販管費についても前年の65.0%から61.7%へと改善した。それらの結果で、営業利益はコロナ収束間もない頃ではあるが、前年比262.5%増の53億2200万円、経常利益は前年比52.7%増の59億7800万円となり、大幅に改善し、今後も期待できそうである。

 財務基盤は総資産796億9700万円に対して自己資本414億300万円で自己資本比率52%と安定している。ただし、企業がどれだけ効率的に利益を上げているかを見る指標であるROEは6.84%と理想である10~20%には届いていない。ちなみに競合店である吉野家は9.71%と理想に近い状態であり、経営効率の面では若干劣っているようだ。

 営業基盤である出店状況は現在、国内総店舗数1254店で、内訳はコア業態の松屋が1037店、とんかつの「松のや」が185店、その他32店である。松屋と松のやの併設店も人気だ。

 ここ最近の物価高騰・円安・人手不足による賃金上昇・エネルギーコストの上昇などで、飲食店にとっては、費用の負担が利益を削り、店を持続させることが困難になっている。30年と長引いたデフレをさまざまな工夫で生き抜いた飲食店は、値下げすることは慣れていても、値上げすることに慣れていないために苦労している。

 各店、値上げは段階的に進めているが、競合店とのし烈な競争から、値上げのタイミングには慎重になっており、採算が厳しそうだ。物価上昇に賃金上昇が追いつかず、少し高くなってもいいものが食べたいというお客さんは限られているなか、生き残りに知恵を絞っている。

◆逆風下でも「世界の味」シリーズが好評

 定食メニューの豊富さは松屋の強みだったが、今はすき家も吉野家も定食メニューを充実させている。同質化されつつあるメニュー内容だが、松屋は世界の料理を「世界の味」シリーズとしてメニュー化し、人気を博している。なかでもジョージアの「シュクメルリ」が90万食の大ヒットとなり、これは“松屋外交”とも呼ばれており、各国の大使館関係者からも好評のようで、メニュー化の要請も多いようだ。

 松屋の世界各地の伝統料理にまで視野を広げた商品開発力は、競争上の差別的優位性を有していると評価されている。一方で、外食業界では、海外からの旅行者によるインバウンド需要が回復して、外食需要が高まっている。しかし、食料自給率が40%程度と海外からの輸入に依存している日本は、円安で輸入食材の高騰やエネルギーコストの高騰などにより、経営環境が相変わらず厳しい状況である。

 その中であらゆる供給で需要を喚起するをテーマに松屋は新商品の導入が活発だ。代表的な新メニューは「ホワイトソースハンバーグ定食」、「牛肉チャプチェ定食・チャプチェコンボ牛めし」「デミグラスソースハンバーグ定食」「ねぎたっぷりスパイスカレー」「ネギ塩牛焼 肉丼」「炙り十勝豚丼」などである。

◆吉野家ブランドに固執しない牛丼好きを吸引

 品揃えを広げるということは、お客さんの多様なニーズに対応し、選択肢を広げて選ぶ楽しさを提供することになる。しかし、店にとっては負担が大きくなるなど、トレードオフの関係にある。食材を共通化して在庫を減らしたり、調理手順など提供の効率化をしたりすることが、双方にとってもメリットになると認識しないといけない。

 出店戦略としては、コロナが収束し、耐えることから攻めの姿勢に転換した松屋は、牛めし業態51店舗、とんかつ業態7店舗、鮨業態4店舗、海外・その他業態10店舗の合計72店舗を出店した(いずれも2024年3月期)。一方で、直営の牛めし業態は15店舗、とんかつ業態1店舗、すし業態1店舗、海外・その他業態5店舗の合計22店舗を撤退し、スクラップ&ビルドも徹底している。

 吉野家の牛丼の味を学習し、味噌汁をセットにして、差別化と価格訴求力を高めながら、吉野家ブランドに固執しない牛丼好きな顧客を吸引してきた松屋。その利益を原資にしながら強みの商品開発力に磨きをかけてきて、商品力の松屋のイメージを形成できたように思う。それらの積み重ねが商品開発力を磨き、お客さんだけでなく、異国の領事館からも評価されるようになったのだと思う。

◆今後の松屋フーズの課題とは?

 今後の課題としては、商品開発力が高まっても提供能力が連動しないと店の力にはならない。商品力と提供力は車の両輪関係である。したがって現状の店舗ごとにばらつきがあるオペレーション能力の安定化が急務な課題である。チェーンとしての統一性をパッケージとして確立させているが、それを生かすも殺すも運営する人次第である。

 人手不足対策として、セルフサービスにしている店もあれば、フルサービスの店もあり、戸惑うお客さんも多い。セルフサービス店は当然ながら人を十分に配置していないため、ホールにまで気配りできない店も多く、キレイな状態でお客さんを受け入れているとは言い難い店もたまにある。

 松屋も定食メニューを見るとけっこう高くなっており、700~980円が主流になっている。そこそこのお金をいただいている以上、商品の価値提供だけでなく、快適な雰囲気の提供を通じてお客さんの満足度を高め再来店を促したいものだ。定着している松屋ファンのためにもさらなる進化を期待したい。

<TEXT/中村清志>

【中村清志】
飲食店支援専門の中小企業診断士・行政書士。自らも調理師免許を有し、過去には飲食店を経営。現在は中村コンサルタント事務所代表として後継者問題など、事業承継対策にも力を入れている。X(旧ツイッター):@kaisyasindan

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