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日本は「ブレイキン」強豪国?世界2位の経験を持つ異色の弁護士ダンサーが語る

日刊SPA! 2024年7月6日 8時51分

「日本人選手は、男女ともにトップクラスで、世界中の選手たちからライバル視されています。メダル獲得の可能性はともに高いと思います」
今夏のパリ五輪で初めて正式競技に採用されたブレイキンについて、国内外の主要大会で解説を務めるNONman(ダンサーネーム)こと石垣元庸氏は期待を寄せる。

◆ストイックな日本人選手の技は「伝統工芸のよう」

なぜ、日本人選手は強いのか。「やはり日本人は真面目に取り組むという気質がありますね。それに、技の細部まで配慮して、完成させる粘り強さも持ち合わせています。まるで細部まで丁寧に創り込まれた日本の伝統工芸のようです。例えば、’20年に世界最高峰の大会『Red Bull BC One』ワールドファイナル で史上最年少優勝をした、Shigekix(本名:半井重幸)。彼のリズムの中での難易度の高いフリーズコンボは、美しさの境地に達しています」と石垣氏。

日本のエース、Shigekixは自身も絵を描くアーティストでもある。昨秋のアジア大会では優勝し、いち早くオリンピック代表の座を勝ち取った。確かな実力と実績で、パリ五輪の金メダル候補として注目を集めている。

オリンピック代表は、日本から男女2人ずつが選出。残りの3人は、6月20日から23日にかけてハンガリー・ブダペストで行われたオリンピック予選シリーズの最終戦(2部構成の第2回)で決まった。男子の残り1枠は、Hiro10(本名:大能寛飛)が、同じ19歳のISSIN(本名:菱川一心)を凌ぐシリーズ成績を収めて確定。女子の2枠は、同シリーズで決勝まで勝ち上がったAmi(本名:湯浅亜実)とAyumi(本名:福島あゆみ)がそれぞれ優勝、準優勝に輝くと、グローバル順位でも1位と2位につけ、堂々の選出となった。

自身もダンサーとして、2000年代初頭に日本のブレイキンシーンを牽引した石垣氏。現在は、解説者や講師などでブレイキンカルチャーを支援する。同じく解説者や講師はじめ審査員などで活躍する、Ayumiの姉でB-Girl界の先駆者・梨絵(ダンサーネーム:Narumi)とは大学時代からブレイキンの練習で切磋琢磨した間柄という。

妹のAyumiは、当時から遊びに来ていたが、ブレイキンを始めたのはその後の21歳になってから。そのまま脅威の成長をみせ、今年41歳にしてオリンピック出場を果たしたことに、感嘆して語る。

「僕も大学時代はブレイキンに没頭して、毎日のように夕方から夜中の3時とか朝まで練習していましたが、Ayumiはその熱量を始めて以来、ここまで20年ずっと続けているみたいな、ちょっと信じられないストイックさです。本当にカッコいいし、尊敬しています」

◆ブレイキンに没頭して失恋した過去も

石垣氏は20代の頃、日本有数のチーム「一撃(ICHIGEKI)」でブレイキン界を席巻。最高峰の大会「BATTLE OF THE YEAR」で’02年と’05年に日本王者となり、’05年の世界大会では準優勝に輝いた。ところが、ダンスにのめり込んだことで、大学卒業後も定職につかなかったため、在学時代から付き合っていた最愛の彼女に「あなたとの将来が見えない」とフラれてしまう。

しかし、彼女を諦めきれない石垣氏は、そこで一念発起。再び振り向いてもらうため、弁護士になることを決意して、ロースクール(法科大学院)への進学を経て、’10年についに司法試験に合格。彼女との復縁も果たし、見事ゴールインした。今では公私ともにパートナーで家庭円満だが、当初は一筋縄にはいかなかったという。

「司法試験に挑むにしても、僕はもともと暗記が苦手。勉強にかんしては劣等感しかありませんでした。でも、ブレイキンで柔軟性とパワーに欠けていたからこそ、アイデアと発想力という“自分らしさ”を見出して勝負した経験が活きました。これは司法試験にも活かせると気づき、創意工夫をして自分に適した勉強法を見出して、少しずつ力をつけていきました」

◆ブレイキンとの出会いがなければ、弁護士にはなれなかった

ブレイキンで自分の強みと弱点に向き合う経験を重ねたからこそ、弁護士になる道を切り拓くことができたと石垣氏は言い切る。

「弁護士になれたのも、ブレイキンでの礎があったおかげです。だからこそ、ブレイキンに恩返しするという意味をこめて、ライフワークとして様々な役割を担うようにしています」

現在は、ブレイキンの大会で解説を担うほか、JDSF(公益社団法人日本ダンススポーツ連盟)のナショナルチームライフコーチ、関連団体や企業などでの法律顧問やアドバイザーなどを担っているという石垣氏。ナショナルライフコーチとは、どういったことを指南しているのか。

「つまるところ、チーム全体のあり方です。心がけているのは、人として、選手としてのあり方を対話によって導くこと。なぜならブレイキンは、オリジナリティが求められます。それは、同時にパーソナリティが重視されることでもあるので、各人のあり方だったり、“自分らしさ”は何かということを問いかけるなど、対話を重視しているのです」

即興の音楽に合わせ、アクロバティックな動きや床を使ったムーブなどのパフォーマンスで競い合うブレイキン。“自分らしさ”を表す「オリジナリティ」は、オリンピック競技でも重要な審査基準の一つだ。

◆オリンピック競技への採用に賛否両論も

「身体的特徴、感性、バックグラウンドなど、元々誰もが唯一無二ではありますが、踊りの中でどこまで自分を表現しきれるか、出し切れるかが評価されるわけです。選手は、どんなときでも自分らしくあれるよう日々自分と向き合っているんです。

その結果、選手一人ひとりの表現力が光り、多様性豊かなカルチャーが実現しています。本当に素晴らしいことです。憲法でも、個人の尊重と多様性は当たり前に謳われていますが、その当たり前が難しいのが現実。そのなかで、見事にそうした世界観を体感できるのがブレイキンなんです」

パフォーマンスも考え方も人それぞれ。そもそもオリンピック競技になったことについて、ブレイキン界隈では今も賛否両論がある。石垣氏は、それ自体が多様性であると示唆して言う。

「ブレイキンは懐の深いカルチャーなんです。いろんな意見や考え方があるのは当然のこと。だから、今回こうしてオリンピック競技に選ばれ、スポーツの一部になったことも懐深く受け止めて、これからも進化していくのだと思います」

◆どんな個性も尊重する「ブレイキン」の魅力

最後に、オリンピック競技でのブレイキンの楽しみ方や醍醐味を尋ねた。

「やはり勝ち負けよりも皆さんが見て『これ好きかも』とか『この人カッコいい』というように、何かしら感じるものを大切にしてほしいですね。それに勝敗の決まる競技ではあるんですが、選手たちはお互いの違いや個性を尊重し合っています。なので、パリでもバトルと呼ばれる試合が終わった後に、選手同士がリスペクトを示すシーンが何度となく見られるでしょう。そういった姿にもぜひ注目して、見て、何か感じてもらいたいなと思います」

音楽とダンスが融合し、どんな個性も認め合うストリートカルチャーのブレイキン。一人ひとりの選手たちは、オリンピックでどんな輝きを放つのか。その懐の深さと多様性豊かな世界観が見られることを心待ちにしたい。

【NONman氏プロフィール】

1978年、愛知県生まれ。JDSF(公益社団法人日本ダンススポーツ連盟)のナショナルチームライフコーチを務めるなど、幅広くダンスカルチャーを支援している。大学時代にブレイキンに没頭。チーム『一撃』のメンバーとして、最高峰の大会『BATTLE OF THE YEAR』で’02年と’05年に日本王者、’05年の世界大会では準優勝に輝く。さらに弁護士を目指し、’10年に司法試験に合格

<取材・文/松山ようこ 撮影/西周喜>

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