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石丸伸二氏はなぜ蓮舫氏に勝ったのか?都知事選で激的に変わった“戦い方”

日刊SPA! 2024年7月9日 8時45分

 7月7日の東京都知事選挙で、最大のサプライズとなった石丸伸二氏の2位躍進。「石丸ショック」はなぜ起きたのか。今後に何をもたらすのか。ジャーナリスト・相澤冬樹氏に寄稿してもらった(以下、敬称略)。 
◆フィクションのような現実

「今、石丸さんをモデルにした映画を作ってるんだよね」
石丸とはもちろん、7月7日投開票の東京都知事選挙で2位に躍進した石丸伸二・前広島県安芸高田市長のこと。だが、この話を耳にしたのは投票日の4日前、まだ結末がどうなるかわかっていない時だ。

明かしたのは映画プロデューサーの奥山和由。『ハチ公物語』『その男、凶暴につき』『地雷を踏んだらサヨウナラ』など数々の作品で知られる。石丸をモデルにした舞台を観て「これは映画でもイケる」と直感したという。
「現在進行形の政治がブラックユーモアあふれるエンタテインメントとして見事に成立していた。これをベースにフィクションとして構成すれば、人間と政治を深掘りする映画になると確信したよ」

タイトルは『掟』。今年3月に企画を立ち上げると、5月に石丸が都知事選への立候補を表明。まさに現在進行形でドラマが進む。選挙の投票終了直後に制作を公表、そして8月30日に一般公開。映画制作の常識を覆すスピード感だ。

◆「ネットでウケても票にならない」が、今までの常識だった

「この企画はタイミングが命。政治への問題意識が芽生える時を外したら意味ないでしょ」
映画『ブレードランナー』を思わせる、風俗店のネオン輝く新橋の路地裏。屋外に設けられた居酒屋の席で生ビールを傾けながら奥山は熱く語った。

「石丸さん、勢いあるでしょ。ネットですごい人気だから、彼が伸びれば映画にも勢いがつくと期待してるんだ。もしかして小池知事をしのいで当選なんてことだってありうるんじゃない?」

私はそれに水を差した。
「さすがにそれはないでしょう。それにネットで人気でも票になるとは限りませんよ。ネットで応援している人たちが投票所に足を運んで投票用紙に『石丸』と名前を書いてくれるか? そこに壁があるんです。5年前の参院選でも、れいわ新選組はネットですごく注目されましたが、ふたを開ければ2議席しか取れずに山本太郎が落選しましたからね」

れいわ新選組は、この選挙から導入された特定枠を使い2人の候補が優先的に当選できるようにしていた。3議席を取れれば山本が当選できるはずだったが届かなかった。
「確かにれいわはあの時思ったほど伸びなかったね。でも今回、石丸さんはキョンキョン(俳優・歌手の小泉今日子)も応援してるし」
「それは勘違いです。キョンキョンは蓮舫を応援してますよ」
スマホでXを開き、株式会社明後日(小泉の会社)の投稿を示す私。
「そうなんだ。石丸さん、厳しいかなあ」

◆1日約10回の街頭演説。小池・蓮舫より遥かに多かった

がっかりするのは早い。票を伸ばす可能性は十分あると見た。
「注目すべき点が一つあります。石丸はネット戦術だけじゃないんです。実は街頭演説にものすごく力を入れている。小池や蓮舫よりはるかに多いんですよ。1日10か所くらいやってます。これはただ事じゃない。相当なパワーと熱量がいることです。バーチャルとリアルをミックスした、まったく新しい選挙戦術ですね。これが、ネットでつかんだ支持を現実の投票へと結びつける効果があるのかどうか、そこが一番のポイントだと思います」

……結果は、ご存じの通り。石丸は165万8363票を獲得。蓮舫を上回り、当選した小池に次ぐ堂々の2位につけた。NHKの出口調査を見ると、石丸は無党派層の30%あまりから支持を受けている。10代20代といった若い年齢層では40%余りと圧倒的多数の支持を集めた。普段投票にあまり行かないと言われる人々の票を、石丸は見事に掘り起こした。

◆今後の選挙戦は劇的に変わる

石丸については、その言動に危うさを指摘する声がある。敵を設定して徹底的に叩く手法は、かつての大阪維新の会の橋下徹を彷彿とさせると受け止める人も多いようだ。地元・広島のテレビ局が彼を描いたドキュメンタリー『#つぶやき市長と議会のオキテ【劇場版】』を見る限り、そう感じられる部分は確かにある。この映画について私は記事を書き、石丸の手法を「大人の態度」で振舞えない「子供の喧嘩」だと表現した。

一方で石丸は「政治家というものは公に議論をしなくちゃいけない」と発言している。役所と議会が陰でコソコソ話を付けて結論を出すような政治をやめて、みんなに見えるところで議論して決めるべきだ。だからXでの“つぶやき”やYouTubeを駆使してどんどん発信する。つまり「政治の見える化」をめざした。それが、古い根回し政治に慣れた旧来の勢力との対峙を招いた面もあるだろう。

これをさらにバージョンアップさせたのが今回の都知事選だったと言える。ネットとリアルを組み合わせた戦術で、無党派層や若い世代を現実の投票行動につなげた。政策の中身や政治手法は別にして、「政治を自分ごととしてとらえる」人々を新たに生み出した。世代間対立をあおった側面もあるが、若い世代の政治的“覚醒”は石丸の最大の功績だ。誰も手を付けられなかったことを、彼は短期間に一人でやり遂げた。彼が示した新たな手法は、選挙必勝の“掟”として今後の選挙戦を劇的に変えるだろう。

◆蓮舫の言葉はなぜ響かなかった?

一方、蓮舫について言えば、「小池に敗れた」と言うより「石丸に敗れた」と言う方がしっくりくる。小池都政の問題点を指摘する演説も熱量では負けていなかったが、「神宮外苑の伐採」と言ってもしょせん自分の庭じゃないからなあ。なかなか自分ごとに感じられない。

その点、2年前の東京・杉並区長選挙は違う。『映画 〇月〇日、区長になる女。』で描かれたように、住民に立ち退きを求めてまで道路建設を進めようとする当時の区長に人々が怒った。それが「自分たちの代表を区長に」という“夢”を巻き起こし、押し立てられた岸本聡子が現職を僅差で破り初当選した。世の中を変えたい、変わりたいと願う人がじわじわ増えているように感じられる。そういう人々の思いを都知事選で汲み取ったのが、蓮舫ではなく石丸だったということだろう。

ただし、蓮舫が出たからこそ都知事選は盛り上がったと言える。敗戦の弁を語る時、左手首に見えたバングルという腕輪のアクセサリーは、台湾の人がよく身に着けているものだろう。多様性を象徴する都知事の誕生も見てみたかった。

◆選挙では「政策は二の次」という現実

選挙では実は政策は二の次でいいのだと思う。人々が求めるのは“夢”だ。今より暮らしがよくなる、いいことありそうだという夢。安倍政権が長続きしたのは「アベノミクス」という“夢”を有権者に見せることに成功したからだろう。夢がまっとうかどうかではなく、夢を見せられるかどうかが問われる。

ちなみに大阪維新の会は「大阪都構想」という“夢”を長年大阪の有権者に見せてきたが、近年「万博・カジノ」という“夢”が掛け声倒れの“夢物語”に終わりそうな雰囲気が漂う。大阪府民が夢から覚める時が近づいているのではないかと感じられる今日この頃だ。

◆「無謀な賭けだね、これは」

さて、石丸が狙い通り躍進したのを一番喜んでいるのはもちろん奥山だ。わずか5か月で映画を一般公開に間に合わせるため、監督も俳優の多くも、元になった舞台から起用し、突貫作業で制作を進めている。
「それで映画は完成したんですか?」と私。
「いや、まだだね。完成予定は8月25日だから」
しれっと口にする奥山。
「それって公開の5日前ってことじゃないですか」
「そうだね。無謀な賭けだね、これは」

石丸が都知事選という“無謀”とも見える賭けに実質勝ったように、奥山は石丸を描く映画という賭けに勝てるのか? 選挙戦と映画作りが連動し、フィクションの様な現実とノンフィクションのような虚構が交錯する。「事実は小説よりも奇なり」を地で行く、まさに現在進行形の政治エンタメ活劇だ。

<取材・文/相澤冬樹>

【相澤冬樹】
無所属記者。1987年にNHKに入局、大阪放送局の記者として森友報道に関するスクープを連発。2018年にNHKを退職。著書に『真実をつかむ 調べて聞いて書く技術』(角川新書)、『メディアの闇 「安倍官邸 VS.NHK」森友取材全真相』(文春文庫)、共著書に『私は真実が知りたい 夫が遺書で告発「森友」改ざんはなぜ?』(文藝春秋)など

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