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『地球の歩き方』と『ムー』が異色のコラボ。予想以上の反響も、いったい誰が買っているのか…編集長を直撃

日刊SPA! 2024年7月10日 8時51分

多くのビジネスが行き詰まったコロナ禍。こんなビジネスもあるのかと話題になったのが、『地球の歩き方』だ。海外旅行にいけないのにガイドブックが売れるワケがない。そうした状況下で『地球の歩き方』が新たに到達したのが、蓄積されたノウハウを用いた読ませる本をつくるということだ。この路線は見事にあたり『世界の中華料理図鑑』や『ディズニーの世界』など、様々なテーマの本が、慣れ親しんだ地球の歩き方のフォーマットで刊行されている。
そのなかでも、こんな手があったかと話題になった本がある。

『地球の歩き方 ムー 異世界(パラレルワールド)の歩き方』が、それだ。この本は14万部(10刷)を超える大ヒットとなり、今年3月には日本列島の津々浦々のミステリースポットを集めた『地球の歩き方 ムーJAPAN ~神秘の国の歩き方~』も発売。

◆異色のコラボが生まれた経緯が気になる

『地球の歩き方』の株式会社地球の歩き方は、株式会社学研ホールディングス(東京・品川/代表取締役社長:宮原博昭)のグループ会社で、一方の『ムー』は株式会社ワン・パブリッシングが発行元。組織の垣根を超えたコラボを誰が考えついたのだろうか。

異世界とか陰謀論とか渦巻く2024年のいま、本の成り立ち、そしてオカルト界の今後を知るべく『ムー』編集部を訪ねた。

◆予想以上の反響。「14万部も売れるとは思っていなかった」

オカルトの総本山ともいうべき編集部は、どういうところなのかとワクワク感は止まらない。オフィスに一歩足を踏み入れると、そこには不思議な空気が漂っているはず。壁には謎めいたポスターが貼られ、棚には数々のオカルト関連グッズが並び、制作陣がUFOや世界の陰謀を語っているに違いない。

……まったくそんなことはなかった。ちゃんと受付には呼び出し用の電話機が並び、雑誌の最新号や近刊書籍が並んでいる。しごくまっとうな雰囲気である。

いや、むしろこっちのほうがいい。やはり大人になってからオカルトにワクワクする瞬間というのは、まったく縁のなさそうな人が突然、誰でも知っている常識であるかのように語り始める時なのだから。ちなみに、最近の筆者のワクワク体験は、アニメ業界の交流会で、久しぶりに出会った知人が「俺、(フリー)メーソン入ったよ」と話し始めた時である。

前置きはこれくらいにして、本題に入ろう。我々読者も、異色のコラボに驚きを隠せなかったが、それは、当事者である『ムー』の三上丈晴編集長も同じだ。

「予想以上の反響だったんです。14万部も売れるとは思っていませんでした。これには正直、驚きました」

◆正反対のものを組み合わせると新しい味が生まれる

このコラボの誕生秘話も面白い。

「新しい社長が就任した時、将来的に『ムー』とのコラボなんかあってもいいよね』みたいな話をしたんですよ。そうしたら『地球の歩き方』のほうも興味を示して、トントン拍子で話が進んだんです。現場としては『えっ、本当にやるの?』だったんですけど『社長同士でもう話ができてるんじゃないの?』みたいな雰囲気だったんです」

しかし、一筋縄ではいかなかった。正反対の性質を持つ2つのメディアをどうやって融合させるか、その配分こそが売れる・売れないを大きく分けるからだ。

「最初は『混ぜるな危険』みたいな雰囲気でした。でも、料理で考えてみたんです。甘いものと辛いもの、正反対のものを組み合わせると新しい味が生まれる。そんな感じでアプローチしました」

◆どこに刺さっているのかがわからない

『地球の歩き方』のページと『ムー』のページを明確に分ける構成に。その結果『地球の歩き方』ファンも違和感なく読めるし、『ムー』のファンも満足できる絶妙な本が生まれた。ちなみに、この苦労は第二弾である『ムーJAPAN』でも同様だったという。様々な情報を詰め込んだ世界編に対して、日本編は実際にいくことのできるガイドブックの要素があったためだ。そのため『地球の歩き方』編集部は、複数回にわたって台割を引き直したという。

この努力は報われ、実際に本はヒットしている。しかし、気になることがある。いったい誰が買っているかということだ。

「正直、どこに刺さっているのかがわからないんです。ガイドブックとしては重いし、かさばる。でも、売れている。おそらく、1冊をずっと読み通すような本ではなく、気になるところを拾い読みする。そんな使い方をされているんじゃないでしょうか」

◆『ムー』と『地球の歩き方』の読者には、共通点が

意外にも『ムー』と『地球の歩き方』の読者層には共通点があるという。

「世界中を旅したい人って、普通の観光地じゃなくて、マニアックな場所を求めるんですよ。そういう意味では、『ムー』の読者と重なる部分があるんです。両方とも、未知のものへの好奇心が強い人たちが読者なんじゃないでしょうか」

共に創刊は1979年。かたやどちらも未知の世界への探求をテーマにしていたという点では共通している。「異色のコラボ」という表現は容易いが、実は両者は同梱なのかもしれない。

それでもなお『ムー』の読者層は気になる。なにしろ、最近はアパレルとのコラボも盛んだ。どう考えても、読者っぽくない人がTシャツを着たり、グッズを持っていることがある。三上氏もまた、そんな体験をしたことがある。

「しまむらさんとコラボした『ムー』のポーチを持っている女子高生を見かけたことがあります。多分、雑誌は読んでないでしょうけど。でも、そういう層にも『ムー』の存在が知られているのは面白いですね」

◆中学生から70代まで。なぜ読者層が幅広いのか

雑誌に限っても『ムー』の読者層は実に幅広いという。最近は、50代が中心だが、中学生から70代までいる。

「二世代で読んでいる家庭もありますね。“お母さんが読んでいて、私も読むようになった”とか。逆に“読むなって言われたから、こっそり読んでた”なんて話も聞きます」

実のところ『ムー』は誰が読んでも面白い雑誌である。だいぶ前の話になるが、『週刊SPA!』の取材で当時、東京拘置所にいた日本赤軍のリーダー・重信房子氏を訪ねたことがある。面会を終えて、差し入れ所を見ていたところ、同行した編集者が「これを差し入れましょう」とニコニコしながら手に取ったのが『ムー』だった。後日、編集宛てに初めて読んだが非常に面白い内容で楽しめたと礼状が来た。三上氏はいう。

「『ムー』は刑務所でも読める雑誌の一つなんです。収監されている人も『ムー』を楽しんでいるみたいですね。本当に様々な場所で読まれているんだなと実感しています」

ただ、そこに安穏とはしていない。将来に向けて新しい読者層の開拓にも余念がない。昨年には『こちら、ヒミツのムー調査団! その少年は UFO から来た!?』を刊行したり、子供向けのUFOやUMAを扱うムックにも盛んに挑んでいる。

「これは、編集部としては子供向けの内容を作るのは新しい挑戦なんです。『学校の怪談』のような、子供が好きそうな話題をイラストや漫画で紹介しています。こうした子供向けのものは、大人向けの『ムー』とは全然違うアプローチが必要なんです。でも、子供の頃から不思議なものに興味を持ってもらえれば、将来の『ムー』読者になってくれるかもしれない………そんな長期的な視点で取り組んでいます」

◆『ムー』読者のリテラシーは驚くほど高い

もうひとつ『ムー』の魅力の1つは、読者との距離の近さ、そして読者自身の熱量の高さにある。

「以前、平将門のミステリースポットを巡るバスツアーをやったんです。編集長と一緒に回るという企画でした。とにかく参加者全員が楽しそうで。『ムー』の読者って、普段は自分の興味を隠している人も多いんです。でも、このツアーでは同じ興味を持つ人たちと出会えるわけです。まるで『隠れキリシタン』同士が出会ったような雰囲気でしたよ」

このツアーを通じて、結婚にまで至ったカップルも誕生しているというから『ムー』は少子化対策にも貢献しているのかもしれない。

しかし、そんな「熱い読者」がいると書くと、この記事を読んでいる読者は驚くかもしれない。なにせ近年はQアノンなり暇アノンなりのネットを通じて一線を越えてしまった「ヤバ過ぎる陰謀論者」が溢れているからだ。

ところが、日本のオカルトを担ってきた『ムー』読者のリテラシーは驚くほどに高いという。

「本当にリテラシーは高いです。むしろ編集部より賢いくらいです。だって『ムー』の記事は先月号と今月号で矛盾していることも当たり前です。UFOの乗組員が地底人だと書いたかと思えば、未来人と書いていることもあります。いろんな説を読んで、自分なりの解釈をする。そんな楽しみ方をしているんじゃないでしょうか。読者からも、そうした説を比較して持論を記したお便りがよく届きますよ。いずれにしても『ムー』が45年も続いているのは、読者の方々のおかげです。時代とともに変化しながらも、不思議なものへの興味は普遍的なものだと実感しています。これからも、その好奇心に応えていきたいですね」

◆ネタ探しは「毎号大変」

号によってネタが矛盾する理由は、まずネタ探しに困っているからである。

「本当に大変なんです。面白いネタがあれば、すぐに飛びつきます。でも、単に奇妙な話を集めるだけじゃダメなんです。読者が『へえ、そうなんだ』と思えるような、ちょっとした裏付けや考察も必要なんです」

三上氏は、ネタ探しの裏話も教えてくれた。

「海外のミステリースポットを取材に行ったことがあるんです。現地に着いてみたら、噂ほど不思議でも何でもなくて。でも、そこで暮らす人々の話を聞いていると、また違った魅力が見えてくる。そういう意外性も『ムー』の醍醐味なんです」

◆創刊45年の歴史を支えてくれたのは…

さて、創刊から45年を数えた『ムー』は、これからの展望をどう描いているのか。

「テーマを絞った特集を考えています。例えば『縄文街道』とか。ただ、先ほど話したように、ネタ探しは本当に大変です。面白いネタがあれば、すぐに飛びつきますよ」

最後に、『ムー』の魅力について三上氏はこう語った。

「『ムー』は単なるオカルト雑誌ではありません。人々の好奇心、知的探求心を刺激する雑誌なんです。読者の方々も、ただ信じるのではなく、クリティカルに読んでくれている。そんな読者との関係性が『ムー』の45年の歴史を支えてきたんだと思います。デジタル時代になって、情報の流れが速くなりました。でも、それだけに『ムー』のようなじっくり考えさせる雑誌の価値も高まっているんじゃないでしょうか。これからも、時代に合わせて進化しながら、『ムー』らしさを守っていきたいですね」

いま絶望の2024年。人々は現世を諦めて異世界に旅立つか、陰謀論を信奉し世界を自分の思い通りに変えるかの選択肢を迫られている。そうした時、『ムー』と『地球の歩き方』は、二者択一ではない回答をもたらすきっかけを与えてくれるかもしれない。

<取材・文/昼間たかし>

【昼間たかし】
ルポライター。1975年岡山県に生まれる。県立金川高等学校を卒業後、上京。立正大学文学部史学科卒業。東京大学情報学環教育部修了。ルポライターとして様々な媒体に寄稿。著書に『コミックばかり読まないで』『これでいいのか岡山』

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