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「収入は会社員時代の3倍に」110kgの40代男性が“車上生活”で見つけた“居場所”

日刊SPA! 2024年7月11日 15時54分

 自らの車上生活を配信するYouTuber・戦力外110kgおじさん。「戦力外」と印字されたTシャツを着て、車内での生活を切り取って動画投稿をしている。チャンネル登録者数は16万人以上。言ってみれば40代の中年男性が車の中でご飯を食べたり酒を飲んだりするだけの動画に、なぜここまで多くの人が魅了されるのか。177cm110kg、自ら「戦力外」と称するおじさんへの取材を試みた。
◆“初めて”一般企業に就職してみたら…

――「戦力外」「110kg」というパワーワードがまず気になるのですが、動画制作までの着想やコンセプトについて教えてください。

戦力外110kgおじさん(以下、戦力外):私の実家は福島県で川魚の養殖業を営んでいます。東日本大震災までは、私も実家が経営する会社に勤めていました。しかし震災で大きな打撃を受けたことを機に、県外の企業で働こうと思いました。30代で初めて実家の庇護を受けずに一般企業に就職したんです。

 しかし現実は厳しくて、最初は仕事を覚えられなくても優しく接してくれた先輩たちに、だんだんぞんざいに扱われていくのを辛く感じるようになりました。能力がない自分に対する歯がゆさとか会社に対する申し訳無さがあって、自分が惨めに思えたんです。そのとき、つくづく自分は「戦力外だなぁ」と感じたんです。

 動画のラインナップには、当時の実体験をもとに少しフィクションを加えて“使えないサラリーマンの哀愁”みたいなものを感じられる作品もあります。生きるのが器用とはいえないおじさんが、趣味の車中泊で日頃の辛さを忘れる――というのが基本コンセプトなんです。

◆週に半分は実際に車上で生活している

――チャンネルの概要欄に「このチャンネルの動画『車上生活者』シリーズは半分くらいフィクションを入れております」とあるのは、そういう意味ですか?

戦力外:そうです。ちなみに車上生活は週の半分くらいしていて、居住地が定まらないわけではありません。あくまで半分定住、半分車上生活をしています。よく「車上生活そのものが嘘なんでしょ?」と聞かれれるのですが、実際にしています。

◆幅広い層から支持され、有名人の視聴者も

――動画の視聴者は、どのような人が多いのでしょうか?

戦力外:ありがたいことに幅広い層の人たちに受け入れていただいていて、応援してもらえています。2020年から動画配信を始めて、当時は自分と同年代か少し上くらいの男性視聴者が多かったのですが、イベントをやった際には子連れの女性が「いつも見てます」と声をかけてくださったりしました。

 また、著名人のなかにも動画を楽しみにしてくれている人がいて、驚きました。数年前、母が大病したことをきっかけに動画投稿をお休みしていたことがあったのですが、その際には新日本プロレスの小島聡選手から激励のDMをいただきました。

 私は若い頃からフルコンタクト空手や極真空手を嗜んでいて、地下格闘技の大会にも出場するほど格闘技が好きですし、格闘家の方々を日頃からリスペクトしているので、こうした出会いは嬉しかったですね。

 北京オリンピック柔道100kg超級金メダリストで現在は総合格闘家の石井慧選手は、私がいつも着ている「戦力外」のTシャツを気に入ってくださって、そこから交流が始まりました。また、地元福島の同じジム出身であることから、RIZINの斎藤裕選手とコラボ動画を撮らせていただくご縁もいただきました。

◆会社員時代と比較して収入は3倍以上に

――会社で「戦力外」だった人が、趣味の動画制作に打ち込むことによってさまざまな方面で活躍できる人になる、という逆転劇は痛快ですね。会社員時代にもっとも辛かったことは、どんなことでしょうか?

戦力外:やはり後から入社してきた人のほうが仕事を覚えて、どんどん先輩としての立場がなくなっていくのは悲しかったですね。直接罵倒されなくても、「使えない人間がいると、俺らがたいへんだよなぁ」と聞えよがしに言われると、「あぁ、俺のことだなぁ」って申し訳なく思いました。頑張って仕事を覚えようと努力はしているものの、結果に結びつかないのは自分でも理解しているので、余計に惨めでしたね。

――会社員時代と比較して、経済的にはいかがですか?

戦力外:動画投稿以外に自分で事業もやっていて、それとは別にYouTuberとして企業案件もお引き受けしているので、会社員時代と比較して収入は3倍以上になりました。もちろん、なんでも自由、すべてが楽しいとは言いませんが、会社員として自らの惨めさと向き合い続けるよりは、精神的にも経済的にも楽ですね。

 ただ、基本的にやりたいことを応援してくれる母でさえ、会社員を辞めてYouTuberになると言ったときは「それはどういう職業なの?」と反対でした(笑) 現在では実際に動画をみて、どんな仕事なのかを理解して応援してくれています。

◆摩耗してしまわぬように、「好きなことに没頭してほしい」

――いま、学校や会社において、“立場がない自分”を意識せざるを得ない人はたくさんいるのではないかと思います。もしもそんな人たちに戦力外さんから言葉をかけるとすれば、どんな言葉になるでしょうか。

戦力外:自分語りになってしまうのですが、私は幼少期から、両親が事業で忙しかった代わりにたくさん書籍を与えてもらっていました。こうみえて結構な読書家なんです。もっとも、ある程度年齢がいくと、親が顔をしかめるようなゴシップ誌が好きになるんですが(笑)。ただ、昔から文章を書くなどの創作性の高い行為が好きで、いつか自分も何か創作して暮らしたいとは思っていました。

 いま会社員として「戦力外」な人、学校に居場所のない子たちも、遡ってみれば「これが好き」と呼べるものがあるはずで、そうした好きなことに没頭している時間だけはつらい現実から避難できると思うんです。みんながみんな好きなことで生きていけると思わないし、好きなことで生きていけばすべて幸せとは思いません。ただ、惨めな自分と向き合い続ける人生はしんどいので、摩耗してしまわないために趣味の世界を持つことは大切なんじゃないかなと思っています。

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 社会は厳しい。あるいは、厳しくあらねばならないという同調圧力が存在する。勝ち組/負け組、有能/無能という線引きによって人種がわけられ、線の下にいる人間は生涯うつむいて生きなければならない。趣味とは、生産性の低い人間が逃げ込んだ防空壕にすぎない。少なくともそう考える人間が存在する。

 だがそれは本当か。わかりやすい社会貢献ができなくても、人の琴線に触れるコンテンツを生み出すこと。会社員として落第点だった中年男性の悲哀が多くの人々の共感を呼んだ。社会で生きる人々に癒やしを届け、日常に緩やかな時間を作る。役に立たないものこそ、役に立つ。ゆえに世の中に「戦力外」なんていない。動画がそう、語りかけてくる。

<取材・文/黒島暁生>

【黒島暁生】
ライター、エッセイスト。可視化されにくいマイノリティに寄り添い、活字化することをライフワークとする。『潮』『サンデー毎日』『週刊金曜日』などでも執筆中。Twitter:@kuroshimaaki

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