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東大卒の25歳男性が農業に可能性を感じたワケ。「いつまで経っても低い“農家の収入”を打開したい」

日刊SPA! 2024年7月26日 8時51分

 インスタグラムで流れてきた動画に思わず目を奪われる。「東京大学を卒業して農家を継ぎました」――そんな自己紹介のあと、青年は「米利休と申します」と頭を下げた。端正な顔立ちは意外と農作業の風景に映えるものだな、と思った。
 25歳、大学を卒業して間もない青年が農業従事者の平均年齢約68歳(農水省)と言われる時代に農業に捧げると決意した経緯はなにか。明晰な頭脳からはじき出された勝機と、計算ではない奥底に眠る情熱に触れる。

◆東大工学部から農業の道へ

――東京大学を卒業されたとのことですが、農業を学んでいたのでしょうか。

米利休:東大では工学部マテリアル工学科という学科に所属し、学んでいました。そもそも中学を卒業してからすぐ、高等専門学校へ進学をしてエンジニアリングを勉強していたんです。工学系の勉強をすれば、将来人の役に立てると思っての選択です。そこから、20歳のときに東京大学へ編入しました。ずっと工学畑なので、農業は学んでいません。ただ、ずっと身近ではありました。というのは、今年77歳になる祖父がひとりで農業をやっていたからです。ご存知の通り、農業は非常に厳しい労働環境であり、しかも収入も多くありません。

◆“割に合わない仕事”にあえて参入することで…

――廃業も選択肢の1つとして十分あり得ると思うのですが、あえて継承したのはなぜでしょうか。

米利休:私の父は農業を継がず、サラリーマンをしています。私以上に間近で農業の厳しさをみてきた父にとって、それは熟慮の末の結論だと思いますし、尊重されるべきだと私も思います。ただ、家族会議がおこなわれて、「もう廃業しよう」という方向へ傾きかけたとき、私は「祖父以前から脈々と受け継がれてきた農業をここで辞めてしまうのは、もったいない」と感じたんです。

 経営の視点に経てば、厳しいことは私でも理解できます。農業にはさまざまな機械が必要であり、ある程度の期間で買い替える必要もあります。それらは力作業を軽減してくれる代わりに高額です。どんどん若い働き手がいなくなっていることからも、農業が“割に合わない仕事”だとみなされていることは明らかです。しかし私は、そこに参入することによって、新しいビジネスチャンスを開拓できるのではないかと思ったんです。

◆自身が培ったノウハウを農業でも実践したい

――具体的な“勝算”を教えていただけますか。

米利休:東大入学から2年目のとき、私は休学をしてビジネスを立ち上げました。もともとは学業が忙しいなかで収入をどう確保するかを考えた結果です。また、当時はコロナ禍の自粛期間などとも重なって、オンラインでできるビジネスを選びました。具体的には通販サイトを作ること、それからYouTubeをはじめとしたSNSのコンサルティングサービスです。月の売上がもっともいいときは、大卒の初任給の3倍以上にはなったと思います。

 こうしたノウハウを活かして、SNSを駆使してもっと消費者に直接届く仕組みを作りたいんです。現状、農家は収穫したお米を農協や業者に預け、それを流通させます。しかし自社で販路を確保できれば、収入アップにつなげられます。ただ現在はあまりの重労働と担い手の高齢化によって、オンラインでダイレクトに消費者にアピールすることができていない問題があると思います。

 また、こうした販路を確保できれば、飲食店に対して営業をかけて料理にお米を使ってもらうことができるなど、さまざまな拡販が見込めます。さらに、私には工学系のバックグラウンドがありますし、そうした人脈があることから、農業の実務を知っている人間の目線で農業用機械の開発などに携わることも夢見ています。私の軸はあくまでお米づくりですが、その周辺領域についても知識を蓄えて実践できるようにしていきたいと考えているんです。

◆「年15万円の最低保証」でもやりたかった

――米利休さんが農業を志したことについて、周囲の反応はいかがでしたか。

米利休:実は東大の友人にはまだ話していないんです(笑)。きっと驚くと思いますが、昔同じようにびっくりしていた地元の友人が現在はSNSなどを見て応援してくれているように、好意的に受け取ってくれるのではないかと期待しています。父とは、農業を継ぐことのメリットとデメリットについてたくさん話し合いました。母は当初否定的でしたが、私がこうした活動をしていることを知って本気が伝わったようで、今は尊重してくれています。家族が収入の安定しない農業に反対したり不安に思ったりするのは当然ですよね。私は現在、祖父から年15万円の最低保証をもらうだけで、あとはすべて自力で稼ぐように言われています。それでもやりたいから、「継ぎます」と手を上げたんです。

◆農作業は1日に5〜6時間でも「結構ハード」

――具体的に米利休さんの労働時間はどのようなスケジュールなのでしょうか?

米利休:時期にもよるのですが、たとえば先月でいうと、農作業は1日に5〜6時間くらいです。場合によっては炎天下の作業になることもあり、サラリーマンの労働時間に比べて短いようにみえても、結構ハードだと思います(笑)。多くの場合は炎天下での作業を避けるために早朝4時くらいから作業を開始するのですが、生活のリズムが普通の人と異なってきますよね。また、SNSなどによる広報活動に、農作業をしていない時間のほとんどを注いでいます。「農業について考えたこともない」という大多数の人たちにも身近に感じてもらえるように、わかりやすさを重視して動画を作っています。

◆「販路を確保する」ことの重要性

――米利休さんの目からご覧になって、農業に対する課題と期待はどのようなところでしょうか?

米利休:多くの農家さんからみれば、私は昨日今日始めたようなひよっこの新参者です。しかし新参者だからこそ、わかることもあります。農業で収益を上げるのが難しい理由としては、作物を育てるという作業が非常に繊細な作業であり、管理に多くの時間を要するためにそれ以外のことに時間を割けないという事実があります。そうなると作るので精一杯で、販路を確保できません。だから農協や業者にお世話になる必要があるわけです。

 しかし、それでは収入がいつまで経っても低いままです。これを打開する必要があると私は思っています。新参者である私の戦い方としては、生産者から消費者に直接届けられるシステムを自力で構築することです。翻って期待感もあります。日本のものづくりのレベルが全体的に高いことは有名ですが、主食であるお米の品質に関して非常に厳しく管理されています。

 どこに出しても恥ずかしくないお米を日本の農家が担ってることは疑いようがなく、それをアピールさえできれば、もっと収入面でも豊かになれるのだと思います。よい商品を作って国民の「食」を支えることができ、かつ自分たちが経済的にも安定する未来は、幸福なのではないかと私は期待しています。

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 日本人と米は切り離せない。だが、活力を与えてくれたはずの米の生産者が疲弊している皮肉。思慮深く、流行に合わせてコンテンツを作れる機敏な“新参者”の出現は、ほかの農業従事者にとっても福音となろう。テクノロジーばかりに頼らず、自らも土にまみれる愚直さもいい。連綿と続く家業を絶やさぬよう、懸命に知恵を振り絞る泥臭いインテリに救世主をみた。

<取材・文/黒島暁生>

【黒島暁生】
ライター、エッセイスト。可視化されにくいマイノリティに寄り添い、活字化することをライフワークとする。『潮』『サンデー毎日』『週刊金曜日』などでも執筆中。Twitter:@kuroshimaaki

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