Infoseek 楽天

“静かな住宅街”に佇む「入りづらい喫茶店」の正体。80代マスターの人生も“破天荒”だった

日刊SPA! 2024年7月29日 15時52分

 廃墟、産業遺産、工場、ダム、大仏、公園遊具などなど、日本中にある珍スポットやB級スポットに突撃するサブカル誌『ワンダーJAPON』。当連載は、編集長である私関口勇がこれまで誌面で取り上げたなかでも、「特にインパクトが強かったスポット」をピックアップしたうえ、順次紹介していくものだ。
 今回の舞台は、愛知県犬山市の名鉄犬山線「犬山遊園駅」。乗降客が少ない。周辺も静かな住宅街だ。だからこそ駅東口から100mほどのところにあるゴチャゴチャと絵や文字が描かれた建物の異様さがとても目を引く――。

◆静かな住宅街でひと際目を引く「入りづらい喫茶店」

 側面の壁に「CAFE スパゲティ サンドイッチ……」と書かれ、かろうじて飲食店と理解する。だが、正面にある「この星に生きる」「戦争と平和」と書かれた看板は何を意味するのだろう。花や星に混じって不気味な目玉がいくつも描かれドキっとする。

「思いやり」「信頼」などスピリチュアルな言葉がテレパシーのように語りかけてくるのも気になる。「聖女純子」「夢で再会」など意味不明だし。たいへん入りづらい喫茶店だということだけはよくわかる。

 ドアを開けると思わず声が出そうになった。天井からミラーボールやカラフルなモールがぶら下がり、大量の写真が壁を埋め、何点も絵が飾ってある。そこに装飾過多な店に負けじと派手な衣装で登場したのが「パブレスト百万ドル」マスターの大沢武史さんだ。開口一番、店内に飾ってあった写真を指して「これは愛人。これはわしと二人の子供だわ」といきなり身の上話が始まった。そこにはタンクトップ姿で茶髪の若い女性とおでこの広い小さな男の子が笑顔でこちらを向いていた。

◆80オーバーのマスターが歩んだ破天荒な人生

 マスターは1941年(昭和16年)生まれ。若く見えるが、なんと80オーバー。実家が飲食関係だったので1966年、25歳の時に早くも喫茶店「百万ドル」をオープンさせる。ちょうど高度経済成長期。犬山遊園地こそ閉園していたが、駅の東に遊園地併設の日本モンキーパークがあり、連絡モノレールが開業。木曽川ライン下りの終着点でもあったため観光客でごった返し、店はおおいに繁盛する。

 女遊びもたくさんした。40歳で各務原(岐阜県)に土地を買い2号店をオープン。翌年、1号店を喫茶店からパブに変え現在の店名となる。その頃に「純子」さんと出会う。妻子がいるのに愛人生活を始めて15年、マスターが56歳の時に子供ができる。店内の小さな子供の絵はすべてその子だ。だが2008年、愛人と10歳になった息子がマスターを残し突然家を出た。本妻が愛人に手切れ金を渡し、出て行ってもらったんだそうだ。 

◆死ぬ前に息子さんに会いたいそうだが…

 取材中におしぼりやドリンクを出しテキパキと応対してくださる女性がおられた。マスターの元奥さんだという。「女と別れてから派手になった。むちゃくちゃだったよな。頭ん中パーンと爆発しちまってよー(笑)」。マスターがそんな話をしても元奥さんは横で終始にこやかに聞いている。

 悲嘆に暮れたマスターは、毎日、パチンコで4〜5万使いフィリピンパブへ。自宅も売り払い一文無し。ある日、屋根をペンキで塗り直した時のこと。「ハシゴから降りたら脇にベニヤの切り出しがあった。そんで絵を描いたら描けたもんで、おー描けるべやー」と。それからペンキで名画の模写から始まり、大好きなタカラジェンヌの絵(波乱万丈な姿に共感)、中でも力を入れたのが会いたくても会えない息子の絵だった。

 よほど描くのが楽しかったのか、店の外壁までどんどんペンキで絵を描いていく。ペンキが剥げたら描き直したり、余白があれば別の絵を描き足したり。やがてテレビ局が取材にやってくる。お客さんが急増。さらに別のテレビが取材に来る。じゃあもっと派手にしてやれと。「テレビには33回取り上げられた」と何度も耳にした。

 今でも未練があり、死ぬ前に息子さんに会いたいそうだが、今のところ会えずじまい。店の壁に「夢で再会」「ゆうき(息子の名前)」「聖女純子」とあるのはそのためか。ロシアのウクライナ侵攻があってから「戦争と平和」という看板が追加された。次に訪れた時はどんな外観になっているだろう。元奥さんに「よりを戻すことはないんですか?」と直球で聞いたら、笑いながら「ないない」とおっしゃられていた。たまに二人でドライブなどに行かれることもあるというが。

<取材・文・撮影/関口勇>

[百万ドル]
営業時間:10〜17時(月休)
所在地:〒484-0081 愛知県犬山市犬山瑞泉寺31−1

【関口勇】
『ワンダーJAPON』編集長(フリーランス・発行元はスタンダーズ)。廃墟、B級スポット、巨大構造物、赤線跡などフツーじゃない場所ばかり紹介。武蔵野美術大学非常勤講師。X(旧Twitter):@isamu_WJ

この記事の関連ニュース