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“日本最大の刑務所”が「ふるさと納税の返礼品」に。“即完売”した見学ツアーに参加してみた

日刊SPA! 2024年7月31日 8時49分

 都市部の自治体がふるさと納税による住民税の流出に苦慮するなか、東京都府中市が型破りな取り組みを始めた。その名も「府中刑務所プリズンツアー~犯罪のない明るい社会を目指して~」。同市に1万円のふるさと納税をした人に府中刑務所を特別に案内するもので、ふるさと納税の返礼品としては全国で初めての試みだ。
 通常は立ち入ることが許されない刑務所の内部はどうなっているのか。なぜ、このような返礼品のアイデアが生まれたのか。7月29日に20組34人が参加したツアーに同行取材した。

◆受刑者に人気のテレビ番組は…

 同刑務所は江戸時代中期の1790年に設けられた石川島人足寄場が起源で、1935年に巣鴨から移転し、「府中刑務所」に改称してから89年の歴史がある。そして、現在は収容定員2668人の日本最大の刑務所になっている。

 ピッ、ピッ、ピッ……。刑務官が暗証コード、生体認証の二重セキュリティーをクリアすると、「中門」と呼ばれるゲートの分厚い扉が開いた。ここから先が、受刑者が収容されている閉ざされた空間となる。さらに、いくつかのゲートと通路を進み、最初に案内されたのは3畳ほどの広さの受刑者の独房が並ぶ居室棟だった。

 意外なことに各独房にはテレビが備えられており、午後7時から9時までの間、受刑者は要望を考慮して事前に決められたチャンネルを見ることができるという。

 どんな番組が人気なのかをたずねると、刑務官が「お笑いや歌番組などですね。あとは、ちょっと理解に苦しむのですが、『警察24時』が大人気です。『あんな感じで逮捕されたんだよ』って、はしゃいでいた受刑者もいましたね」と苦笑いで明かしてくれた。

 基本的には受刑者の要望を受け入れており、時間帯が合えばオリンピックの試合も視聴可能だという。

◆“まるで老人ホーム”のような一角が

 続いて案内されたのは、受刑者が作業をする工場エリア。実はこの場所が、日本の刑務所が抱える2つの大きな課題を物語っていた。

 木工や金属加工などの生産作業を行う第10工場。その一角で、一部の受刑者がストレッチ運動やパソコンを使った脳トレ、数メートル先の台にお手玉を投げるなどの作業を行っていた。この姿だけを見れば、まるで老人ホームだ。彼らをサポートしていた作業療法士は「ここでは高齢によって日常生活に支障がある受刑者が身体機能の維持向上を図っています。彼らはもう普通の刑務作業をこなすことができないのです」と説明する。

 また、終盤に案内された第19工場でも驚くべき光景が広がっていた。町工場のような建物の2階へ上がると、パソコンが整然と並ぶオフィスが突然現れた。しかし、働いているのはスーツ姿のサラリーマンではなく、白いタンクトップに作業帽の受刑者だ。外部から委託された業務を行っているという。

 その隣のガラス越しの部屋には「ビジネススキル科」という表札が掲げられ、専門学校のような職業訓練も行われていた。刑務官によると「その他に自動車整備科、介護コースなどもあり、自動車整備士や介護福祉士の資格を取得することができる」という。

◆ここでも高齢化が…日本人受刑者の平均年齢は「52.9歳」

 現在、同刑務所には約1500人の受刑者が収容されており、そのうち約350人は外国人で、残りの大半を「刑期10年未満の犯罪傾向が進んだ日本人受刑者」が占める。日本人受刑者の平均年齢は52.9歳。最高齢は94歳で、深刻な高齢化の波が押し寄せていた。

 そして、同刑務所の受刑者の過半数が「5回以上の入所」でもある。人生の大半をいくつもの刑務所で過ごし、非常に限られた期間しか社会で職に就いたことがないということだ。

 全国の刑法犯の検挙者数は減少傾向にあるが、2020年の再犯率は49.1%に達し、再犯者の7割が無職だった。つまり、仕事に就けないため再び犯罪に手を染めているのだ。

 再犯を防止し、円滑な社会復帰を実現するためには、世の中のニーズに合った職業訓練と社会の理解が不可欠になっている。

◆ヒントは「刑務所の文化祭」

 なぜ府中市は、このようなプリズンツアーを企画したのか。市の担当者は「ふるさと納税の返礼品の中に府中刑務所の作業製品があるのですが、受刑者の意欲向上に繋がっても、再犯防止にはなかなか結びつかなかった。そこで内部公開が人気を博している刑務所の文化祭をヒントに、再犯防止活動に繋がる新しいふるさと納税のアイデアとして発案しました」と明かす。

 ふるさと納税による住民税の流出に苦慮する自治体は多いが、「府中市も年間で約5億円が流出しています。ですが、このツアーで歳入を増やそうとは考えていないので、寄付金額を1万円に抑えました。あくまで国民に再犯防止活動を訴える一つの形として行いました」。

 6月24日に「上限20組」で募集したところ、たった6日間で“完売”。市は20万円の歳入を得たが、さまざまな準備のコストを考えれば、決して割は良くない。しかし、反響の大きさに手ごたえを感じている。

◆ツアー参加者の反応は?

 ツアー参加者の反応も上々だった。新宿区在住の40代夫婦は「以前、府中市に住んでいたのですが、刑務所のことを知る機会がなかったので、すごく貴重な経験でした。真剣に作業する受刑者を間近で見ることができ、再犯防止の理解も深まりました」。

 会社の同僚と参加した町田市在住の60代男性も「テレビはあっても、この暑さでエアコンがないのはかわいそうだった。今はほぼ個室になっているようですが、まだ一部は大部屋のようで、いろいろ考えさせられました。いいツアーでした」と満足そうに話していた。

 市は「募集を締め切った後も多数の問い合わせをいただきました。単発で終わらせるつもりはないので、今後も府中刑務所とご相談して中身をバージョンアップしていきたい」と第2弾を予定している。

<取材・文・撮影/中野龍>

【中野 龍】
1980年東京生まれ。毎日新聞「キャンパる」学生記者、化学工業日報記者などを経てフリーランス。通信社で俳優インタビューを担当するほか、ウェブメディア、週刊誌等に寄稿

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