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“厳格な家で育った女性”が、顔に刺青を入れ「一度だけ後悔した」理由。「妖精に近づくため」身体改造も

日刊SPA! 2024年8月2日 8時54分

 その女性の白さに目を奪われた。華奢な体躯に透き通るような素肌をしている。眉毛や睫毛さえも雪のような色をしていた。
「なつお」名義でモデルやインフルエンサーに似た活動をしているが、本人は「長く勤めたBarを辞めたばかりの、ニートです」と笑った。腕や手首、掌に至るまで刺青を施し、その墨は首を伝って顔面をも覆っていた。彼女はなぜここまで自分の身体に墨を入れるのか。

◆「刺青なんてもってのほか」厳格な家で育った

 極めて礼儀正しく、物腰の柔らかな女性だ。取材を開始してすぐに、彼女が誰もが知る一流企業の幹部の娘であることを知って合点がいった。両親との仲も良いのだという。

「父のことは尊敬しているし、母のことは大好きですね。学生時代、反抗心から険悪だった時期もありますが、常に私の気持ちを優先して守ってくれる母には、頭が上がりません。今でもよく一緒に出かけては、私が母にまとわりついてるんです。私がショートカットにしていた頃は、地元で『あそこの奥さんは顔じゅう刺青を入れている男と不倫している』って噂になったほどです(笑)。不倫相手だと勘違いされた相手は、もちろん私です」

 だが、ここまで広範囲にわたる刺青には、両親もさすがに閉口したという。

「結構厳格な家なので、刺青なんてもってのほかです。昔から、私は『シンプルな服装に刺青がよく映えるな、かっこいいな』とは思っていました。そこで高校卒業後、耳の裏側にワンポイントの刺青を入れたのが最初だったんです。しかしそれはすぐに母に発見されました。母は驚きながらも折り合いをつけてくれたようで、『とにかくお父さんには言わないように』ということで話は終わりました。直後に私が独り暮しをする予定があったので、その後は頻繁に顔を合わせることはなくなりました」

◆刺青を見つけてしまった父の反応は「足にお絵かきが…」

 ワンポイントのお洒落のつもりで入れた刺青は、独り暮しをしているうちに増殖していった。

「最初に入れてから4年くらいしたとき、実家に泊まる用事があったんです。それまでも両親には会っていたので、バレにくい場所――たとえば手足の甲などにちょこちょこ入れていました。日焼けするのが嫌で幼い頃から袖の長い服をよく着ていたので、案外バレなかったんですよ。ところが寝るときには靴下を履かないので、布団からはみ出た足の甲の刺青が父にバレたようでした。父は私に直接言うのではなくて、母に『足にお絵かきがあったけど』と伝えたようです(笑)。ショックだっただろうなぁとは思います」

◆顔に刺青を入れ、一度だけ後悔した出来事が

 間を取り持った母親の功もあり、厳しい父親の溜飲も下がったという。現在では「実家ではタンクトップで過ごしてます」と語るほど、隠し事をしなくていい関係になった。だが一度だけ、理解者である母親を泣かせてしまったこともある。

「顔に刺青を入れたときは泣かれました。彫師の方からも、『もう一度よく考えた方がいい。顔に彫るのは人生を変えてしまうから、安易に決めないように』とアドバイスをいただきました。でも、やりたいものはやりたかったんですよね」

 その日は一度持ち帰ったものの、後日決心が変わらないことを告げ、なつおさんの顔は墨を纏った。彫師すら一旦は保留を勧めた顔への刺青に、後悔はなかったのだろうか。

「顔に入れた模様はとても気に入っています。でも、一度だけ後悔をしましたね(笑)。実は有名ブランドのモデルとして内定していたのですが、大詰めの段階で企業側から『顔に墨が入っている人はNG』ということで実現しませんでした。日本において刺青は人口に膾炙したとはとてもいえないので、そういう弊害はあります」

◆「妖精に近づくため」身体改造を施す

 なつおさんがここまで異形へ憧れる原点は何だったのか。

「幼少期から、ファンタジー系のゲームが大好きだったんです。そこに出てくる妖精が愛らしくて、当時から『将来はこうなりたい』と思っていました」

 確かに、雪化粧を思わせる白さと身体の線の細さが、どこか人間とはかけ離れた印象を残す。だがさらに妖精に近づくため、なつおさんは身体改造を施した。

「鼻、目の美容整形をして、歯列矯正もやっています。ただ、かけた費用は刺青の方が全然多いと思いますね。

 美容整形ではないものの、こだわったのは耳の形です。小学校中学年から妖精のように尖った耳になりたくて、方法を調べ尽くしました。私が調べた限りでは、日本では耳を尖らせる形成手術をやっている術者はいないようでした。そこで友人のツテを使って、西欧のそうした技術を持つ方が来日するタイミングで耳を現在の形にしてもらいました」

◆術後の写真をあえてSNSで公開した意図

 耳を尖らせるためには、一度切開して縫い合わせる必要がある。自らのSNSで術後写真を公開したところ、さまざまな声が寄せられたという。

「『可愛い』という肯定的な声から、『そんなグロテスクなものを載せるな』というお叱りまで、たくさんのご意見をいただきました。私は美容整形や身体改造をどんな場面においても肯定したいわけではないし、まして目立ちたいわけでもないんです」

 なつおさんが赤裸々に自らの変身の過程を公開したのには、こんな意図がある。

「もしも何らかの理由で現状の自分に満足できない人がいたとして、見た目を変えることによって内面が充実するのだとしたら、『いつでもなりたい自分に変身できる』という選択肢があることは、幾ばくかの心の余裕になると思うんです。私のような人間の存在が、思い留まる場合であっても背中を押す場合であっても、参考になればいいなとは思います」

◆男女ともに交際経験がある

 人間とは次元を異にする妖精に焦がれたなつおさんは、恋愛においても男女を隔てない。

「好きになるとき、性別はあまり考えません。これまで男性とも女性ともお付き合いしたことがあります。高校時代から専門学校時代は、女性と交際していましたね。美容系の専門学校に通っていたので女子生徒が圧倒的に多く、当時のパートナー(女性)に悪いので交友関係にはとても気を使いました。それがもとでだんだん専門学校へも足が遠のいて、中退してしまうのですが」

 愛ゆえの嫉妬。恋愛における普遍的な悩みを経験していると知ると、その神秘的な容姿ががぜん親近感を帯びる。くわえて、こんな生活感も顔をのぞかせる。

「専門学校以降は独り暮しをしていたので、刺青を彫ったり美容整形をしたりで出費も多く、生計を立てるのは割とたいへんでした。主な収入はBar店員で、たまに刺青モデルとしての収入もありました。長時間働いてるのでいつも疲れていて、両親からも『なんでそんな疲れてるんだ』とか心配されたりして(笑)」

◆35歳くらいまでに“完成形”に近づけたい

 幼い頃に憧れた妖精。その姿に近づくことに腐心するなつおさんはこんな青写真を描く。

「妖精になりたくて、一歩近づけたと思った瞬間に、また離れてしまったような感覚になり……の繰り返しです。身体にはまだ墨の入っていない部分も多いので、35歳くらいまでにもう少し完成形に近づけたいなと思っています。刺青で覆われた私の身体は、『好き』を集めた延長線上にあるんです。生活の糧についてもしっかり考えています。実は近日中に、大阪府で自分のBarを開業する予定です。日常に疲れた多くの人が憩う場所を作りながら、自分が理想とする形に近づけるように踏み出していくつもりです」

 なつおさんが醸す雰囲気は不思議だ。神々しくも、近しくも感じさせる。1つの身体に神秘と普通が同居しながら、バランスを欠かない。それはきっと彼女が、他者への配慮を手放さなかったからだろう。生まれた姿と決別しても、携わってくれた人たちとは決別しない。他人は見た目で判断するかもしれないが、自分は見た目に縛られない。容姿の“進化”以上に内面が成熟したからこそ、異質でありながら柔和でいられる。ぴんと上を向いたなつおさんの耳が、そんな彼女の生き方を表しているかのように感じられて、凛々しく思える。

<取材・文/黒島暁生>

【黒島暁生】
ライター、エッセイスト。可視化されにくいマイノリティに寄り添い、活字化することをライフワークとする。『潮』『サンデー毎日』『週刊金曜日』などでも執筆中。Twitter:@kuroshimaaki

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