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“極端に低い”児童養護施設からの大学進学率「ガリ勉と馬鹿にされる空気が」当事者が感じた”見えない壁”

日刊SPA! 2024年8月9日 15時51分

 児童養護施設などを出た、いわゆる社会的養護出身者と呼ばれる子どもたちの大学進学率は極端に低い。日本全国における大学進学率が約55%あるなかで、児童養護施設出身者では約18%に留まる【厚生労働省子ども家庭局家庭福祉課「社会的養育の推進に向けて」(令和4年3月31日)】。
 虐待家庭に生まれ、児童養護施設を経て東京外国語大学へ進学したフリークリエイター・あお氏(25歳、@voiceofao)は現在、貧困家庭の若者に携わっている。あわせて、社会的養護出身者の実情を伝えるYouTube番組の編集やナレーション、英語翻訳などのクリエイティブな活動をおこなう。そんな彼女が感じた、現代日本において学問を志すうえで存在するハードルとは何か。

 ショートカットに眼鏡、その奥の突き刺すような瞳の色が印象的な女性だ。取材に際して「伝えたいこと」をメモしてきたという生真面目さにも思わず首肯した。

◆自ら警察に通報するも、隠蔽されてしまう

 あお氏が児童養護施設に入所したのは17歳のときだ。保護の理由は家族からの暴力だという。

「父、母、兄と暮らしていましたが、父から暴力を受けていました。暴言・暴力は殊にひどく、私がやることなすことに否定の言葉を向けてきます。たとえば、机に向かって勉強していると思った私が絵を描いていたとわかると、殴るのです。『ブス』『死ね』などの暴言は幼い頃からあって、学年が上がると『お前みたいに実力もなくてプライドだけ高い人間を雇う会社はない』と言われ続けて。母からは『産まなければ良かった』と言われたり、包丁を向けられたりはしました」

 父親の暴力がエスカレートしたときには、あお氏自ら110番通報をおこなったこともある。だがことごとく家族によって隠蔽された。

「記憶している限りで5回ほど、警察を呼びました。当然警察官が駆けつけてくれるのですが、そのときにはもう私は押入れのなかに入れられていて、母親が応対してことを丸く収めていました。父は事業を営んでいて地元では名の知れた人でしたので、家族は『外部に知られてはいけない』という意識が強かったと思います」

◆児童養護施設への入所も“自力”だった

 ほかにも、あお氏は精神科を受診するなどの具体的な行動に出ているが、そのたびに家庭の闇は覆い隠されたという。

「父は私を『キチガイだ』と罵り、母親に命じて14歳の私を精神科に連れていきました。しかし受診した結果は『思春期にはよくあること』だとされ、睡眠薬を処方されて終わりでした」

 周囲は頼れない。であれば児童養護施設につながったのも、まさに“自力”だ。

「17歳のときに登校するふりをしてそのまま児童相談所を訪れました。自分の身に起きている状況を述べると、保護の要否が検討され、一時保護が相当であると判断されました。その後、児童養護施設に入所することができました」

◆入所者から「ガリ勉」と馬鹿にされる空気が

 前述の通り、児童養護施設出身者のなかで大学進学が叶う人はそう多いとは言えない。まして東京外国語大学は説明不要の名門国立大学であり、狭き門。だがそれだけに、大学進学を志すあお氏の施設時代は孤独でもあったという。

「勉強は昔から好きでした。単純にわからないことがわかるようになるのは楽しいですよね。幼稚園の頃から、店の看板や電柱の広告に書いてある漢字のほとんどは読めていたと思います。漢字検定2級(高卒程度)は小学生で取得しました。

 しかし、虐待によって複雑性PTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症してしまい、児童養護施設に入所するころには幻覚や幻聴の症状もありました。施設はそうした高年の児童に対するケアをあまり想定しておらず、たとえば私が服用すべき薬も『幼児さんを寝かせてからね』と言われたまま放置されるなど、重大に捉えているようには思えませんでした。

 加えて、勉強をしていることを同じ入所者から『ガリ勉』と馬鹿にされる空気があり、さすがに職員はそうした言葉を使わないものの、冷笑的ではありました。施設内では勉強が難しいので近隣の図書館に自習に行こうと思っても、『一週間前に外出申請してください』というようにやけに事務的で、大学進学を目指すうえで必ずしも良い環境ではなかったように感じます」

◆「あなたが東大に入れば…」職員の言葉に違和感

 児童養護施設がそもそも大学進学を前提としていない、という空気感は、たとえばこんな場面でも感じたという。

「同じ施設入所者のなかに、1つ下の学年の子がいました。その子はとても向学心があり、努力家でしたが、やはり虐待家庭の出身だったこともあって学力は高くはありませんでした。私がもっとも嫌悪したのは、職員が『あなたの成績では大学進学は無理』などとはっきり言うことです。一方で、成績が良かった私に対しては『あなたが東大に入れば、社会的養護出身者の希望になる』というような言葉をかけてくるのです。

 私は、大学進学とは学問を修めるための選択肢であって、その先の就職率の良さや給料の良さだけのためのものではないと考えています。したがって、現時点で学力が低かったとしても、学びたい気持ちがある子に対して冷たく突き放すのは、児童福祉の本質から外れていると思います」

◆「私立大に給付型の奨学金がある」と後から知った

 あお氏がさらに気になったのは、社会的養護出身者の大学進学を本気で後押ししようとする意識の欠如だという。

「私は前期入試で受けた東京大学に落ち、後期入試で受けた東京外国語大学に進学しました。滑り止めで受けた早稲田大学も合格していましたが、私学は経済的に無理だと諦めていました。しかし後から調べてみると、早稲田大学をはじめとする名門私立大学にも、給付型の奨学金があるのです。

 少なくとも私は受験に際して、通っていた進学校の受験指導の先生から案内を受けたこともありませんでしたし、施設職員にもそうした知識はありませんでした。本当に社会的養護出身の子どもを大学で学ばせる気があるならば、少なくともその年代にかかわるプロフェッショナルたちは奨学金などに精通してほしいと思います」

◆大学合格後、実家に戻されてしまう

 東京外国語大学へ入学したあお氏は、好きな語学を存分に学べる環境を手に入れた。だが必ずしも前途洋々のキャンパスライフだったとは言い難い。

「児童養護施設にいられる年齢は18歳までですが、私の場合、アフターケアにつなげてもらうことができず、実家へ戻されました。東京外大の学生寮に入ることを希望していたものの、『厳正な抽選』によって漏れてしまったことが原因です。当時、幻聴などが続いていた私は、児童養護施設から『独り暮しは難しい』と判断されて実家へ移されたのです。その頃には父親が同じ居住区の別のマンションを借りていたため、顔を合わせることはありませんでした。1ヶ月後、無事に別の学生寮を借りることが決まって私は実家を出ていきました。

 東京外大での学びは刺激的で楽しかったのですが、問題は思わぬところで起きました。外国語の授業でよくある、『あなたの家族を◯◯語で紹介してみよう!』という演習で精神的に参ってしまい、気がつくと教科書を真っ黒に塗りつぶして叫びながら教室を出ていたのです」

◆休学するも、生活保護の申請が下りず

 その後、あお氏は大学に在籍こそしていたものの、授業へは足が向かない日々が続いた。その間に精神科病院への入退院を繰り返している。休学を選択したが、経済的な苦境に立たされることになる。

「休学をすると、奨学金は打ち切られます。そうなると、私は生活保護を申請しなければなりません。しかし自治体の窓口でその旨を説明すると、『大学生は生活保護を受けられません』と言われました。結果として、私は大学を退学することになりました。しかしあとから調べてみると、休学中であれば、生活保護が認められるケースもあることを知りました。やはりこうした局面においても、経済的に困窮している学生が学びを継続するための知識にアクセスできる環境が整備されていないことを感じます」

 東京外国語大学での生活は、あお氏にとって苦しみと向き合うだけのものだったのか。あお氏はその質問にかぶりを振る。

「私は現在、フリーランスの声優としても活動しているのですが、東京外大のナレーション系のサークルに所属したことによってきっかけを与えられたと思っています。実家にいたころは、父に可能性を潰され続けて、息苦しく過ごしてきました。けれども、同じサークルのなかにはさまざまなバックグランドを持った学生たちがいて、多様な価値観を認めてくれる仲間がいました。勉強しかしてはいけない空気感のなかで育った私は、勉強を頑張ったあとでもアーティスティックな世界を目指せるんだと感銘を受けました。

 また、私は結果的に退学しましたが、お世話になった教授が電話をしてきてくれて『本当に辞めてしまうの? あんなに熱心なのに、もったいない』と言っていろいろな回避策を考えてくれたこともありました。その教授からは、退学してからも、『何かあったら連絡してください』という言葉をかけていただきました」

 あお氏に対峙すると、いかなる環境に置かれたとしても自らの道を進むことの大切さを思い知らされる。だがすぐに、そうした“個人の努力”に依拠した考えは間違いで、社会制度の整備やその周知さえ徹底されていれば、困難な状況にいるより多くの子どもたちが自分の学びを実現できたことに気付かされる。

 誇らしげに情報社会を謳う現代日本において、本当に必要な人にどれだけの情報が届いているか。届けるべき立場の人間が、どれだけの勉強をして役割を果たしているか。あお氏の問いかけは静かで丁寧だが、その本質は慟哭にも少し似ている。

<取材・文/黒島暁生>

【黒島暁生】
ライター、エッセイスト。可視化されにくいマイノリティに寄り添い、活字化することをライフワークとする。『潮』『サンデー毎日』『週刊金曜日』などでも執筆中。Twitter:@kuroshimaaki

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