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フィリピンの水上スラムで“救われた”28歳男性の恩返し。今では「日本人を歓迎してくれる環境」に

日刊SPA! 2024年8月16日 8時51分

 親日国といえば、どこの国を思い浮かべるだろうか。アウンコンサルティング株式会社が今年発表した「日本への好感度を持つ国・地域ランキング」によると、世界14の国・地域のなかで、最高値の77.1%の「大好き」を示したのが、フィリピンだった。
 フィリピンといえば、セブ島やマクタン島などのリゾート地で有名だが、セブ市内にある人口約3000人の水上スラム・バジャウ村をご存じだろうか。

 バジャウ村には、唯一外国人を受け入れる日本人向けのゲストハウスがあり、“世界一日本人に優しいスラム街”ともいえる。そのゲストハウスを作ったのが、NGOバジャウ代表のけいすけさん(28歳)だ。ゴミの山に囲まれるなか、その経緯を聞くとカルチャーショックの連続だった。

◆都市開発や環境汚染の影響で漁ができなくなってしまった

 それにしても、辺り一面のゴミに圧倒されてしまうが、なぜこうなってしまったのだろうか。

「バジャウ族は、漂海民と呼ばれ、もとは船の上で漁をして暮らしていたルーツがあります。今は海沿いに家を建てて生活していますが、セブ島の都市開発や環境汚染の影響で、周囲の海や川にゴミが流れつくようになりました。魚がいる綺麗な海まではガソリン代がかかることから、昔のように毎日漁をすることはできず、道端での物乞いや小物販売をして日銭を稼ぐ人が大半です」

 ケイスケさんがバジャウ村に初めて訪れたのは、8年前。短期の語学留学でセブ島に行ったときのことだった。

「大学生だった当時、バックパック旅行にハマり、何か面白い場所はないかと海外の情報を毎日のように調べていました。その時にセブ島にバジャウ族という民族がいることを知り、語学留学もかねて行ってみることに。

 当時は衝撃を受けましたね。こんなゴミに囲まれた衛生環境が悪い海の上で暮らしていて、その日食べるお金がないほど貧しい時もあるのに、バジャウ族の村は、みんな優しくてアットホームで意心地がよい場所でした。初めて行ったのに、まるで地元に帰ったかのような気持ち。そして、皆で生きていくんだという空気、バジャウ族同士での助け合いの精神がしばしば垣間見えていました」

◆助けてくれたバジャウ族に恩返しを誓う

 その後、語学学校の最終日を迎え、セブ島を旅立とうとしたとき、思いもよらぬトラブルに巻き込まれてしまう。

「語学留学の2週間目に、ショッピングモールで知り合った家族に自宅に招かれてランチをごちそうになりました。『カジノしないか?』と誘われ、絶対に勝てる必勝法があると口車に乗せられてATMでお金を下ろし、全財産の約60万円を預けてしまったんです。後日、連絡をするもいろんな理由をつけて会えず、滞在最終日の空港で、嫌な予感がしてネットで検索すると、『トランプ詐欺』という典型的な詐欺だとわかりました。一文無しのホームレス状態になることが確定し、途方にくれたときに、助けてくれたのがバジャウ族でした。翌月のバイト代が入るまでの1か月間、居候生活させてもらったんです。このとき、バジャウ族のためにできることがしたいと強く思いました」

◆久しぶりに訪れたバジャウ村の状況に「ショックでした」

 バジャウ族の魅力について、「見返りなしで、優しくしてくれるところ。笑顔で話しかけてくれて、お金ないのに、『ご飯食べるか?』って。ギブアンドテイクじゃなくてギブアンドギブなんです」と話す。

 大学卒業後は、デジタルマーケティング会社に就職。3年勤めて退職し、再びバジャウ村を訪れたとき、危機感を覚えた。

「コロナ禍でセブ島に行けなかったので、居候させてくれた家族と3年ぶりに再会したのですが、物価の高騰やコロナの影響もあり、金銭面では前よりも苦しい印象を受けてショックでした」

 何かお金を生み出せるサービスを作らなくは。それから、けいすけさんはヒアリングを始めた。どういう仕事があるのか。どうすれば収入を増やせるのか。

「彼らはルーツが海にあるので、船を作るのに長けていることがわかりました。でも、材料費がなくて作れない。ならば、僕が費用を出すから、船を作って売ろうよと。船を3隻作って、セブ島周辺の48島にどぶ板営業で回って売りました」

◆フィリピン人は「給料日に全部使っちゃう」

「次に取り組んだのがツアーです。毎週バックパッカーや留学生の生徒を集めて、バジャウ族との交流を兼ねて、村を感じてもらう内容です。村の案内だけでなく、一緒に船に乗って伝統的な道具を使った漁の見学や体験もしてもらいました。バジャウ族が使うフィンはベニヤ板やトイレの蓋、水中銃のモリは傘の骨でできているんですよ」

 しかし、言語や文化の壁はさることながら、金銭感覚や労働意欲も異なる。ましてやスラム街の人を雇うのは並大抵のことではない。

「フィリピン人は、つい目の前のことに囚われてしまう国民性があり、給料日があると、その日に全部使っちゃうんです。フィリピンでは、給料日が月に2回あるのも、そういう理由だと言われています。そのうえ、バジャウ族はお酒もよく飲むので、『今週分の給料だよ』と渡しているのに、その瞬間に半分はお酒でなくなる。『それを家族のご飯に使ったらどう?』って聞いても、笑って流されちゃうんです。収入を増やそうとしているのに、正直モチベーションが下がることもありました。でも、お金があまりない彼らは外に遊びに行くことも中々できないし、お酒を飲んで仲間同士でワイワイするのが娯楽だから仕方ないと、考えるようにしました(笑)」

◆ゲストハウス運営を「基盤となるビジネス」に

 事業を模索していくなかで、基盤となるビジネスにたどり着く。

「村の人には『ずっとこのまま住ないか』と言われもしたんですが、セブ島滞在後は、他国で暮らすことが決まっていましたし、そもそも民族の村のなかで日本人が暮らすのは、長い目で見て現実的ではないと思っていました。ただ、セブ島から離れても、できる限り彼らをサポートしたい思い、バジャウ族の友人や村長と話すなかで、バジャウ族運営によるゲストハウスを開くことを決めました」

 村長と村民と話し合いを重ね、けいすけさんが不在でも回せるように、運営の仕組みを練った。クラウドファンディングで集めた35万6000円と自己資金を合わせ、約100万円かけて、昨年10月からゲストハウスの運営をスタートさせた。

 ゲストハウスは、伝統的な水上住宅に、個室とドミトリーの部屋を設け、冷蔵庫や簡易キッチンもある。村で唯一の洋式トイレや防犯カメラも設置し、衛生面や安全面にはこだわった。

◆双方にとってプラスになる仕組みを作った

宿泊スペースだけでなく、コミュニティスペースを設けたのには、わけがあった。

「村には一応、入村料300ペソ(日本円で約800円)の仕組みがあるんですよ。でも、訪問者が来たとしても誰も彼らを案内をしないんです。せっかく日本人がきてもウロウロして終わりになっていて、機会損失だと感じていました。そこで、休憩場のような場をつくることで、入村料の案内をスムーズにしました。訪問者にとっても、宿泊せずとも、バジャウ族と交流できたり、モリやゴーグルなどの道具を目にすることができて、充実した体験ができます」

「コミュニケーションが取れる場所」の波及効果は大きいという。

「商売の機会になるんです。バジャウ族の仕事の一つに、真珠やアクセサリー、バジャウパンツと呼ばれる衣服の販売があります。基本的には観光地に出向いて路上で売ってるんですけど、いきなり道端で言われても抵抗あるじゃないですか。でも、こうしたコミュニケーションが取れる場所があれば、真珠を売るきっかけができる。訪問者が交流ができて、バジャウ族も収入をえられるような場所があれば、お互いにとっていいなと」

◆初期投資の回収は「6ヶ月〜12ヶ月以内に立つ見込み」

 集客数と売上は順調に伸びており、売上は月の最高で15万円ほどになった。バジャウ族には売り上げの約50~70%を還元している。

「現状は全然赤字ですが、初期投資の回収は6ヶ月〜12ヶ月以内に立つ見込みです」

 現在はセブ島を離れて、オーストラリアに在住していながら、SNSを中心にオンラインで集客し、バジャウ族とやりとりして運営している。

「ネットの予約受付を僕がやっていて、ツアー参加や宿泊希望のメッセージが来たら、日にちや時間を確認し、バジャウ族にメールで連絡。バジャウ族たちには、ベッドメイキングや清掃、当日の現場やツアーのガイドなど現場仕事を、基本的にすべて任せていて。また僕の活動を好意的に思ってくれるセブ在住者や日本人の友人が、現地でボランティアとして手伝ってくれています」

◆ゲストハウスを起点に「支援の輪が広がることを期待」

 ゲストハウスが、バジャウ族の生活基盤になっている手ごたえを感じているようだ。けいすけさんは、今後の展望をこう話す。

「ゲストハウスを起点に、知名度があがってバジャウ族への支援の輪が広がることを期待しています。実際、今年からはツアーと周辺の語学学校とのコラボによって、毎月炊き出しをしたり、留学期間を終えて不要になった生活用品を村人に提供したりしています。いずれは入村料についても改善できたらと。入村料300ペソというのは、他の観光地のエントランス料と比べて高価で、しかも村長が独占している状況なので、当初から問題に感じていました。この件は解決するのは長期戦になりそうなので、今はゲストハウスとツアーを効率的に運営し、実施回数を増やして、村民に少しでも多く経済的に還元していきたいです」

 どうしても近寄りがたいスラム街だが、これほど日本人を歓迎してくれる環境は、他にないだろう。バジャウ族と出会うことで、世界の貧困や環境問題を自分ごととして考える機会にしたい。

【けいすけ】
1996年生まれ。京都出身。オーストラリア在住。2016年のセブ留学中に詐欺師から全財産を盗られ、その後バジャウ族の家に1ヶ月居候生活をする。その生活を通して、バジャウ族との親交が深まり、セブ島のバジャウ族の村に帰国後も頻繁に足を運ぶようになる。現在は、バジャウ族と一緒に観光客が楽しめるゲストハウスとツアーを経営している。公式サイト「バジャウゲストハウス&ツアー」

<取材・文/ツマミ具依>

【ツマミ具依】
企画や体験レポートを好むフリーライター。週1で歌舞伎町のバーに在籍。Twitter:@tsumami_gui_

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